吉田美統は
元々持っている赤絵金襴手の技術だけでは
満足せず、釉裏金彩の技術も取得し
2001年に人間国宝に認定された陶芸家です。
ここでは赤絵金襴手と釉裏金彩についても交えながら
氏を紹介します。
吉田美統は1932年に
石川県小松市にて長男として生まれました。
元々が昭和初期から26年間営んでいる
九谷焼窯元の育ちでしたが
1941年に父である清一が
病気で他界してしまいます。
吉田美統は1951年
石川県立小松高等学校に在学していた時点で
錦山窯を継ぎ、その26年後となる
1972年から釉裏金彩の技法で
作品作りを行うようになります。
7年後の1979年には
釉裏金彩鉢外務省買上作品に選定されました。
そして2001年には釉裏金彩の技法によって
国の無形文化財として
人間国宝に認定されています。
吉田美統は釉裏金彩と言う手法を用いて
遠近感を表現しています。
金絵の具を筆で器に塗るのではなく
金箔を焼き付けることでデザインします。
また焼き付けてから透明釉を塗ることで
より一層、綺羅びやかな色の魅力が引き立ちます。
ちなみにこの釉裏金彩は
吉田美統が第一人者と言われていますが
吉田美統曰く竹田有恒の作品で
目にした事がきっかけとの事です。
吉田美統が生み出した釉裏金彩は
30年以上の月日をかけ研究した事で
作品の美しさや技術が向上され
竹田有恒とは違う釉裏金彩の方向性を
生み出しています。
発表当時は既に竹田有恒が確立していた為
評判は芳しくなかったようですが
独自に研究を進めた事で
竹田有恒とは技法から異なり
金箔の鮮やかさがより出ていると
称されるまでとなりました。
また今までの金彩は
使っている内に剥がれてきたのに対して
釉裏金彩は釉薬を塗っている為に
剥がれの防止策にもなっています。
吉田美統の代表作と言えるのが
大山蓮花文鉢です。
大山蓮花で戯れる小鳥を
釉裏金彩の技法を駆使して表現しています。
また気高い雰囲気も感じられるのが
大山蓮花文鉢の特徴です。
九谷焼で使われている
赤絵金襴手の技術について紹介します。
赤絵金襴手とは赤く塗っている器に
金色の細かい描き込みをする技術の事です。
赤色は滲みにくく
またその細かい描き込みで
華やいだ雰囲気と
繊細さを併せ持つ作風となります。
また赤絵金襴手は
その技術を使いこなすには難易度が高く
それを体得していたのも
九谷焼を作っていた吉田美統のルーツならでは
とも言えます。
ちなみに赤絵金襴手だけではなく
黄地金襴手や白地金襴手、
瑠璃地金襴手や萌葱地金襴手
と言った下地のバリエーションがあります。
吉田美統は現在
日本工芸会正会員を務めています。
彼の取得した技術の数々が
日本の工芸品に
多大な恩恵をもたらしているのは
間違いありません。