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2019.10.10
骨董品

佐藤朝山/玄々【彫刻家】

佐藤朝山(さとうちょうざん)/玄々(げんげん)

 

佐藤朝山(本名:清蔵)18888月に

 

福島県相馬市で生まれます。

 

生家は先祖代々宮彫りを生業としており

 

幼い頃から父と伯父にその技術を学んでいました。

 

 

その後18歳の時に上京すると

 

木彫に写実主義を当て込んだ山崎朝雲の門下生となり

 

また後に高村光雲からも教わります。

 

1913年には山崎朝雲から「朝山」の名をもらい、

 

日本彫刻会の設立にも参加。

 

また高村光雲の門下生である

 

平櫛田中と出会ったことがきっかけで、

 

再興院展第1回展に出展すると同時に

 

日本美術院の同人にもなりました。

 

またその時期の代表的作品には

 

『シャクンタラ姫とドゥシャンタ王』や『呪咀』

 

と言った、性的要素のあるものがあります。

 

30代中頃になるとパリに渡り、

 

ルーブル美術館に足を運ぶと同時に

 

彫刻家のアントワーヌ・ブールデルから

 

西洋彫刻について深く学びました。

 

また日本に帰ると、小動物や歴史や神話を

 

モチーフにした作品を発表。

 

1940年辺りに差し掛かると、山崎朝雲との関係に

 

亀裂が生じたのをきっかけに、「朝山」の名を返し

 

本名で作家活動を行っていきます。

 

1960年には10年の歳月をかけた作品

 

『天女(まごこころ)』を、日本橋三越本店の

 

創立50周年記念として展示。

 

同作は大型の作品であると同時に活動終盤の

 

代表作となり、その3年後の1963年、

 

75歳で息を引き取りました。

 

 

 

作風の特徴

 

佐藤朝山の作品は穏やかな雰囲気でありながらも

 

一家が宮彫師として培われてきた技術と、

 

アントワーヌ・ブールデルによる教えが

 

組み合わさっている面が特徴と言われています。

 

また活動時期により作風が変化することも

 

特徴の一つで、

 

『シャクンタラ姫とドゥシャンタ王』や『呪咀』

 

と言ったものや、アントワーヌ・ブールデルに

 

学んだ経験、そして日本に古くからある

 

文化や歴史・神話から得た影響を全て

 

彫刻作品で表現しようとしています。

 

作品は豪快であり、また小動物の作品は

 

彩色を施していることでも有名です。

 

 

 

学びをすぐに活かした佐藤朝山

 

佐藤朝山は自身が学んだものを、

 

すぐに作品として反映出来た作家と言えます。

 

『天女(まごころ)』に至るまでも

 

奈良で仏像について学び、模造も作成しています。

 

また小動物の作品も自宅の近くにある牧場に

 

動物達がいたのを、よく見ていた事で生まれた

 

と言われています。

 

他にも氏は野菜をモチーフにした

 

彫刻作品も手掛けており、作品の種類の多さも

 

氏の特筆すべき点です。