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2019.05.09
骨董品

佐藤太清【文化勲章/日本画】

佐藤太清(さとうたいせい)

 

佐藤太清は191311

 

京都府福知山市にて生まれました。

 

1931年に実践商業学校を出ると上京し

 

力強いテイストとモダンな色彩感覚で知られている、

 

日本画家の児玉希望と出会います。

 

また、2年後の1933年には

 

児玉希望の内弟子となっています。

 

その後1943年の第6回新文展においては

 

『かすみ網』で初入選となり、以降も1947年の『清韻』や

 

1952年の『睡蓮』で、共に日本美術展覧会において

 

特選を獲得するなど受賞を重ねていきました。

 

それらの活動もあり

 

日本画壇の重鎮として存在感を示し、1992年、

 

79歳の時に文化勲章を受章しています。

 

 

 

作風の特徴

 

佐藤太清の作品は炎や嵐などの現象、風景画や

 

花鳥画を描き、細やかで格式高い品格がありながらも

 

即物性があると言われています。

 

また年齢毎に作風に変化も見られると指摘されており

 

例えば30代の頃の作品は竹林や朝顔など

 

写生を下敷きに、真っ直ぐかつ繊細な風景画を

 

発表しています。

 

続けて40代になると、終戦直後である為に

 

近代西洋画が持て囃された時代背景を受けたかのように

 

その流れを汲んだ実験的作品を

 

手がけるようになりました。

 

その実験の成果が一つの形として認められたのが

 

1966年、氏が50代のときの発表した『風騒』です。

 

この作品は日本美術展覧会において

 

文部大臣賞を受賞し、次の年には

 

日本芸術院賞も獲得しました。

 

佐藤太清の花鳥画としては1965年の

 

8回新日展に出した『潮騒』が有名ですが、

 

1980年から発表した旅シリーズは

 

花鳥風景画と言うジャンルに分類され、

 

1990年まで連作として続きます。

 

■花鳥画と花鳥風景画について

 

花鳥画は元々アジア地域で

 

花鳥をテーマの絵画として始まっています。

 

中国でも古来から花鳥画は描かれていますが

 

唐代においては宗教的なものと考えられています。

 

また佐藤太清の確立した花鳥風景画は、

 

花鳥画と風景画を融合させたものですが

 

即物性と強い内面性の両面が現れている

 

と言われています。

 

宗教的な表現は内面性があるものとも

 

指摘されているので、花鳥風景画はある種

 

花鳥画の側面を引き出している

 

と言えるかもしれません。

 

 

 

現在でも感じ取る事の出来る佐藤太清の功績

 

佐藤太清の作品は、生まれと同じ京都府福知山市にある

 

佐藤太清記念美術館で見られます。

 

また佐藤太清賞公募美術展も

 

現在18回まで開かれています。

 

日本画壇の重鎮として

 

後進の指導に勤めていた佐藤太清の功績は

 

これらにて今でも感じ取る事が出来ます。