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2018.07.19
骨董品

五代 伊藤赤水【人間国宝/無名異焼】

五代 伊東赤水(いとうせきすい)

 

伊藤赤水は2003年に

 

重要無形文化財保持者として

 

人間国宝に認定されました。

 

ここでは伊藤赤水の歴史を

 

そのルーツと織り交ぜて紹介します。

 

 

無名異焼と赤水

 

伊藤赤水の制作する無名異とは

 

日本では佐渡金山の一帯でしか採れない

 

赤土の事です。

 

この無名異は焼き方によって色が変わりますが

 

明治時代からしばらく黒色となった時は

 

欠陥扱いとされていました。

 

その頃の日本は中国の朱泥に強く憧れを持っており

 

無名異はその鮮やかな色合いを目指して

 

焼かれたものだったので

 

黒色になれば言わば「失敗」と言えたのです。

 

ところが伊藤赤水は

 

無名異の赤の魅力を立てるのには

 

この失敗といえる黒を使うべきだと考え

 

無名異の赤と黒を使った

 

窯変壷を完成させました。

 

しばし自身の作品に

 

改革を促すような挑戦を続ける赤水の作品において

 

無名異による作品作りは

 

「逆転の発想」とも言われています。

 

窯変壷は赤と黒のコントラストが美しく

 

1972年に日本伝統工芸展に初入選となりました。

 

 

 

窯変壷から進化した「練上」

 

窯変壷の名誉は入選だけでは終わらず

 

1980年には日本伝統工芸展において

 

奨励賞を獲得しています。

 

ただ窯変壷は上が黒、下が赤と言う

 

ある種シンプルと言える見た目でした。

 

しかしその4年後となる1984年には

 

黒と赤の2色でありながらも複雑な模様を付けた

 

「練上」が完成しています。

 

「練上」は一年後の1985年に

 

8回日本陶芸展において

 

最優秀作品賞を受賞しました。

 

 

 

無名異から離れた作品作り

 

こうして伊藤赤水の名声は

 

無名異によって獲得したと言えます。

 

しかし赤水は無名異とは全く違う

 

作品作りのアプローチを試みるようになります。

 

それが2009年に発表した

 

佐渡の岩石を作った「佐渡ヶ島」です。

 

釉はなく石粒が取り除かれてない土をあえて使い

 

凸凹が目立つ一種無骨と言えるような

 

見た目になっています。

 

この「佐渡ヶ島」は

 

伊藤赤水のルーツを振り返っていると言えます。

 

 

伊藤赤水の作品の始祖ともいえる人物は

 

ゴールドラッシュに湧いた佐渡ヶ島に辿り着いた

 

伊藤伊兵衛です。

 

加賀の出身である伊藤伊兵衛は

 

佐渡ヶ島で陶土を使った送風管を作り

 

また無名異は佐渡金山から出ている事は

 

上で書いた通りです。

 

このように伊藤赤水の作品は

 

佐渡ヶ島に強く結びついているのです。

 

 

 

襲名制で様々な無名異を披露

 

また伊藤赤水の名は襲名であり

 

伊藤赤水(五代目)の本名は

 

伊藤窯一と呼びます。

 

初代の伊藤赤水から四代目の伊藤赤水も

 

無名異を使った作品作りを行っていますが

 

五代伊藤赤水の無名異とは

 

全く違ったアプローチを行っています。

 

初代から三代目は茶褐色の無名異であり

 

初代は楽達磨と言う作品。

 

二代目と三代目も花瓶を作っています。

 

四代目は薄茶色で兎図花瓶と言う兎が描かれた花瓶や

 

蝦蟇仙人も作ったりしていますが

 

色の華やかさとしては五代目が目立ちます。

 

このように伊藤赤水の作品は

 

五代目に限らず

 

様々な各世代の伊藤赤水が

 

自身のルーツと対峙しています。