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骨董品
2019/08/02

浜口陽三【版画家】

浜口陽三(はまぐちようぞう)

 

浜口陽三は1909年に和歌山県で生まれました。

 

父はヤマサ醤油株式会社を営んでいましたが、

 

陽三は東京美術学校塑造科に入学するなど

 

芸術家としての道へ進みます。

 

また1930年に東京美術学校塑造科を中退するものの

 

フランスに渡り美術学校に通ったり、

 

太陽の塔などでおなじみの岡本太郎。

 

アンデパンダン展や自由美術家協会結成での

 

活躍も有名な村井正誠。

 

「エビハラ・ブルー」で知られる

 

海老原喜之助などのような、他の洋画家達と

 

交流を持ちました。

 

やがて1939年に

 

第二次世界大戦が勃発していたために帰国。

 

そして銅版画での作品制作に本腰を入れ

 

カラーメゾチント技法が

 

世界中で支持されるようになります。

 

こうして浜口陽三は1957年の

 

サンパウロ・ビエンナーレ版画国際部門において

 

最優秀賞を受賞。

 

また1961年の

 

第4回リュブリアナ国際版画ビエンナーレにおいて

 

グランプリを獲得するなど様々な受賞を重ね

 

1981年にはサンフランシスコへ移住しました。

 

そして1996年には日本に帰国し

 

2000年にこの世を去っています。

 

 

 

■メゾチントと、浜口陽三が行った発展について

 

メゾチントとは

 

ベルソまたはロッカーという道具を使って

 

銅板に穴を作り、

 

さらにその穴を削り取っていく事で

 

グラデーションを作っていく技法の事です。

 

黒の技法(マニエール・ノワール)とも呼ばれますが

 

18世紀あたりに誕生したそれは

 

写真技術の登場で廃れました。

 

ところが20世紀になると

 

パリに渡った経験を持つ長谷川潔によって復活し

 

そこから浜口陽三がカラー・メゾチントとして

 

復活させます。

 

浜口陽三の場合は赤や青、黄や黒の4色版により

 

カラー・メゾチントを作り上げ

 

てんとう虫など従来のメゾチントでは

 

その本来の色を表現できなかった描写を

 

可能にしました。

 

気の遠くなる技法

 

またメゾチント自体が何ヶ月もの時間を要する

 

果てしない作業として知られていますが、

 

カラー・メゾチントになるともっと時間がかかるので

 

多大な精神力も必要と考えられます。

 

しかしそのために事細やかな描写力で

 

落ち着いた世界観が表現できるようになり、

 

多くの賞を獲得したのも

 

カラー・メゾチントによる作品が

 

認められたからと言われています。

 

 

 

■浜口陽三の美術館が誕生

 

1998年11月にヤマサ醤油株式会社により

 

浜口陽三の作品の展示や、

 

使っていた道具の紹介もある

 

ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクションが

 

開設されました。

 

浜口陽三自身がそれに同意したために

 

開設したとの事ですが、

 

その功績は自身の生まれ育った家や地域にも

 

認められたと言えます。

 

 

 

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