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骨董品
2019/01/10

守住貫魚【帝室技芸員/絵画】

守住貫魚(もりずみつらな)

 

日本画家の守住貫魚は、1809年に阿波国徳島城下で

 

藩の鉄砲方の父幸次郎の子として生まれました。

 

16歳で江戸に出て徳島藩の御用絵師である

 

渡辺広輝に入門し、その後に広輝の紹介で

 

住吉定吉に入門して師事します。

 

鉄砲方の仕事をしながら画の修行を行い、

 

やがて阿波に戻ると1844年、

 

阿波藩の御用絵師となり60歳まで仕えました。

 

また、隠居した12代藩主蜂須賀斉昌に付き従い、

 

日本各地の古物を写し、

 

名所旧跡などを描きました。

 

1855年には京都御所紫宸殿の賢聖障子の

 

「朝賀の図」の補写などもしています。

 

明治時代に入ると、1872年から12年間かけて

 

徳島市の大麻比古神社、金毘羅神社、

 

国瑞彦神社などの神官に就きました。

 

その後は、再び画家の道に励むべく

 

1881年に大阪に移住します。

 

翌年に、第1回内国絵画共進会に出品した

 

「船上山遷幸図」が銅印を受賞、その2年後には

 

「宇治川先登図」、「登竜図」を出品して

 

金賞を受賞しました。

 

1888年には皇居明治宮殿の障壁画の制作に従事し、

 

杉戸には「棕櫚図」、「田舎機織り図」を描き

 

小襖には「虫撰び図」を描いています。

 

2年後の日本美術協会第三回展覧会に出品した

 

「紫式部石山に月を観る図」が金牌を受賞し、

 

同年に帝室技芸員に任命されました。

 

 

 

守住貫魚の作品の特徴と技法

 

守住貫魚の作品は、花鳥、山水、肖像画など

 

多岐に及び歴史画を特に得意としています。

 

いずれも住吉派を踏襲した手法で描かれており、

 

それらの作品は精緻で優雅な印象を受けますが、

 

明治以降の作品には力強さも加わっています。

 

画には守住貫魚の人間的な幅も感じさせ、

 

有職故実に通じた深遠な情緒を感じさせてくれます。

 

確かな時代考証と技術が反映された作品には、

 

作画に対する真摯な姿勢が伺えます。

 

 

 

守住貫魚の評価される所以

 

守住貫魚は、その絵画の評価だけでなく

 

風俗や歴史資料などの研究にも功績を残しています。

 

正倉院、法隆寺などの宝物や絵を模写したもの、

 

源氏物語絵巻、百鬼夜行絵巻など古典絵巻の模写、

 

土器や古い道具の模型、風俗を詳細に描いたり、

 

記録に残していたりしています。

 

こういった作品も、日本美術史や風俗、

 

歴史などに関する重要な資料として

 

高く評価されているのです。

 

 

 

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