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骨董品
2019/09/05

大島如雲【工芸作家/金工】

大島如雲(おおしまじょうん)

 

明治時代から昭和初期に活躍した鋳金家の大島如雲は

 

1858年に江戸小石川で生まれました。

 

生家は鋳金業を営んでおり、大島如雲は幼少の頃から

 

父の高次郎から鋳造技法を学んでいます。

 

そして20歳の時には家業を継ぎ

 

如雲を名乗り始めました。

 

その後1881年には第2回内国勧業博覧会で『龍神』を出品

 

そのほか日本美術協会や東京鋳金会などにも

 

出品を繰り返します。

 

やがてこれらの功績が世間にも認められていくと

 

30代後半の頃には東京美術学校の鋳金科で

 

鋳金を教えるようになります。

 

1918年には教授に就任し、以降1932年まで

 

後進育成にも尽力しました。

 

 

そして、1900年にはパリ万国博覧会に出品した

 

『稲穂群雀』が金賞牌を受賞しています。

 

また、東京鋳金会や東京彫工会、日本美術会などの

 

審査委員も歴任し、鋳金技術の発展に

 

多大な功績を残しました。

 

 

 

大島如雲の作品の特徴と技法

 

大島如雲の作品は

 

蝋型鋳造と呼ばれる技法を得意とし、

 

その精緻な作りと柔らかみのある表現が特徴でした。

 

蝋型鋳造はその蝋の特性を生かした

 

鋳金の技法の一つであり

 

古来より用いられているものです。

 

また、古くは飛鳥、奈良時代の

 

小金銅仏の製作方法として広く使われており

 

明治期にも多くの名工鋳金家が用いていました。

 

一般的な蝋型鋳造法は

 

まず「中子作り」からはじめます。

 

花器などの作品の形状に合わせた金型を作り

 

心棒に縄を巻きつけた上に柔らかい土をつけながら

 

回転させ中子を作ります。

 

次に「地張り」を行います。

 

乾燥させた中子の表面に、板状に延ばした蝋を

 

焼きゴテを使って均一に張り詰めていきます。

 

続いて、「蝋造形」と呼ばれる

 

蜜蝋と松脂を練り合わせた造形蝋を作り、

 

模様を作成します。

 

その後、「鋳型作り」で細かい肌土を

 

筆で全体を覆って、紙、中真土を着けて

 

型を補強する鉄板を取り付け粗土で覆います。

 

それから「焼成・脱蝋」の工程で完成した鋳型を

 

900度ほどで焼き、蝋を流し出します。

 

最後に「鋳湯」で蝋を流し出した後に

 

その隙間に鋳湯します。

 

そして、型をばらして仕上げを行い

 

着色をして完成です。

 

蝋型鋳造法は、複雑で精緻な形態の

 

鋳物の製作に優れており

 

流麗で柔和な風合いの表現が可能であったために

 

その特徴を生かした作品造りが得意でした。

 

また、大島如雲はその技術を

 

高い水準にまで高めました。

 

 

 

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