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骨董品
2019/12/05

吉田三郎【彫刻家】

吉田三郎(よしださぶろう)

 

吉田三郎は18895月に石川県金沢市で生まれました。

 

1907年に東京美術学校彫刻科に入学すると

 

官展の三羽烏に数えられる北村西望や

 

建畠大夢と出会います。

 

さらに日本の近代彫刻を象徴し

 

官展の三羽烏でもある朝倉文夫が開く朝倉彫塑塾では

 

『牝鹿』、『無碍』が知られている都賀田勇馬、

 

ブロンズでの裸婦像が有名な松田尚之とも

 

交流しています。

 

やがて1910年には第4回文部省美術展覧会で

 

出品した『たちんぼ』が初入選。

 

2年後、学校を出た後も

 

1918年の文部省美術展覧会において『潭』。

 

次の年の第1回帝国美術院展覧会で出品した

 

『老坑夫』と、連続で特選を受賞していきました。

 

これらの功績が評価され、

 

1922年の第4回帝国美術院展覧会から審査員となり

 

以後亡くなる直前まで審査員として

 

20回以上も務め続ける事になります。

 

そして19623月、72歳で息を引き取りました。

 

 

 

作風

 

正統派であると同時に伸び伸びとした表現が特長

 

と言われており、

 

ガッシリした筋骨で形作った男子の立像は

 

特に完成度が高いと言われています。

 

1950年の日本美術展覧会で芸術院賞を獲得した

 

『男立像』も、吉田三郎の代表作の一つです。

 

こう言った作品には、近くにいた北村西望や

 

建畠大夢のような作家達から影響も

 

活かされていると言われています。

 

それに1931年には文部省の指示によって

 

ヨーロッパエリアやアメリカに渡り

 

古くからある彫刻の研究もしています。

 

留学も含み、これらの経験が

 

吉田三郎の作品作りに活かされているのは

 

容易に想像できます。

 

なお作家としての活動後期になると

 

集団や空間に関して目を向けた作品作りにシフトし

 

「写実の名手」とも評されています。

 

写実の名手と呼ばれる所以は

 

肖像彫刻において

 

各個人の内面性を表現することに注力し、

 

その人の空気感さえ現れている事から来ています。

 

ちなみに活動初期には

 

社会で働く労働者を表現してきました。

 

吉田三郎は全般的に血肉の通った人物を

 

作品として再現する事を、

 

目指していたのかもしれません。

 

 

 

作風の裏側にある吉田三郎の人間性

 

吉田三郎は1948年には

 

東京教育大学芸術学科の講師となり

 

1955年には日本芸術院会員も務めています。

 

東京の田端文士村を生活拠点とし

 

彫刻のみならず詩人など芸術を愛する人達の中で

 

親しまれてきました。

 

穏やかな作風とも言われる吉田三郎の作品は

 

後進の指導を任せられるなど、

 

多くの人に愛されてきたその人間性が

 

所以となっているのかもしれません。

 

 

 

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