藤田喬平は、1921年に東京新宿区で生まれます。
東京美術学校工芸科彫金部を卒業後、
本格的にガラスの世界に入り、25歳の時に
第1回日展で入選を果たしました。
同年、「真赤土工芸会」に入会し
約10年の間参加しています。
そして、翌年26歳の時には岩田硝子製作所に入社し
20第後半には独立して制作活動に専念しました。
その後1957年に上野松坂屋で初の個展である
「藤田喬平手吹きガラス器新作展」を開催。
1961年には、日本橋高島屋にて
「藤田喬平硝子工芸創作展」を開催し、
以後毎年開催します。
また、自身が51歳の時には日本ガラス工芸協会を発足し
同会の監事に就任しました。
その後、1975年にはデンマークで
の「世界のスタジオグラス展」に招待出品し
世界的に高い評価を得て
海外への招待出品が増えていきます。
さらに1986年、第25回日本現代工芸美術展に
招待出品した作品は、文部大臣賞を受賞しました。
そのほか1989年に恩賜賞、日本芸術院賞を受賞し
日本芸術院会員になります。
1994年、73歳の時には勲三等瑞宝章を受章、
続けて1997年には文化功労者を顕彰、
紺綬褒章を受章しました。
さらに翌年、77歳の時に
アメリカのガラス・アート・ソサエティーより
ライフタイム・アチーブメントアワードを受賞し
2002年、81歳の時に文化勲章を受章します。
藤田喬平の作品の特徴の一つには
フッ化水素という薬品を使用して
すりガラス調に仕上げている作品があります。
江戸時代に華やかな琳派芸術を表現した
『飾筥』などにもその技巧が使われています。
『紅白梅』、『朱雀』、『紅葉』という作品では、
色ガラスに金箔、プラスチック箔を閉じ込めて
意匠を作り上げ、
ガラスという既成概念を超えた表現方法で
見るものを魅了しました。
また、美術館などではその『飾筥』に
光を透過させることで
その美しさを際立たせる表現方法も
後に試まれています。
藤田喬平の制作した作品には
多彩な表現が見受けられます。
1970年代に
イタリアヴェネチアに渡り習得した技術を駆使した
作品も多く残しています。
イタリアで制作した作品には
おおらかで流線が綺麗な
ヴェネチアガラス伝統のカンナ技法を用いた
「カンナ文様」や色彩にも鮮やかな特徴を持ち
その多彩な表現技術は高く評価されています。