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2019.08.02
骨董品

八木一夫【工芸作家/陶芸】

八木一夫(やぎかずお)

 

八木一夫は1918年7月京都府京都市にて生まれました。

 

父は赤土社を立ち上げ、新陶芸運動を行った

 

陶芸家の八木一艸(やぎいっそう)として知られています。

 

一夫は13歳の頃になると

 

京都市立美術工芸学校彫刻科に入り、

 

卒業後は日本人として初めて

 

フランスのセーヴル陶磁器製造所で働いた、

 

沼田一雅が開く日本陶彫会へ入会。

 

また商工省陶磁器試験所にて技術を習得します。

 

1946年には戦後の日本の陶芸界を代表する

 

鈴木治達と共に青年作陶家集団を結成。

 

翌年に青年作陶家集団の考えや

 

動機などを記した書を出し、

 

1948年には鈴木治や松井美介、叶哲夫などと共に

 

走泥社を立ち上げました。

 

1947年の第3回日本美術展覧会においては

 

『豚児闌春』が初入選を果たしています。

 

また走泥社としては1950年発表の『少女低唱』や

 

『飛翔するカマキリ』と言った作品群が

 

ニューヨーク近代美術館に展示されたことが、

 

大きな話題となりました。

 

 

 

■作風

 

八木一夫の作品の特徴は今までの型にとらわれない

 

陶芸作りを行ったところにあります。

 

特にその特徴が現れている代表的な作品の一つが

 

1950年に発表した『ザムザ氏の散歩』です。

 

ろくろでの円筒を輪切り上にした作品には

 

八木一夫のシャープな感性と知的さが

 

現れているとも言われています。

 

なお幅広い作品群などで世界的に名を馳せた

 

イサム・ノグチや前衛生花との交流が

 

『ザムザ氏の散歩』を生んだきっかけとされています。

 

1955年に差し掛かると

 

陶器を観賞用の作品として昇華させながらも

 

彫刻ではない、洒落っ気もある不思議な作風として

 

変化させていきました。

 

またこれらの作品は、抽象表現主義や

 

アンフォルメの考えを組み込んでいる経緯もある

 

と言われています。

 

 

 

■青年作陶家集団について

 

走泥社の前進の団体でもあります。

 

1948年に解散するまで

 

古くなった体制から抜け出すことを目的に

 

松井美介や叶哲夫の他、

 

ヨーロッパに渡った経験を持つ斉藤三郎や田中一郎が

 

在籍していました。

 

 

 

■赤土社

 

1948年に結成。

 

多くの青年作陶家集団の元メンバーが在籍し

 

戦時中の息苦しさを脱出した日本との勢いも相まって

 

勢いも強めていったと言われています。

 

 

 

■人との交流や時代背景によって変化した八木一夫の作風

 

八木一夫は独創性が光っていると言われていますが

 

それは多くの作家との交流によってだったり

 

また抽象表現主義やアンフォルメの考えを組み込むなど

 

時代にも対応した結果と考えられます。

 

また、走泥社の結成も

 

八木一夫の勢いに繋がったとも言われています。

 

走泥社の作品を通して影響を受けた人や

 

当時の時代背景も感じられるかもしれません。