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骨董品
2019/05/23

伊藤清永【文化勲章/洋画】

伊藤清永(いとうきよなが)

 

伊藤清永は19112月に、兵庫県出石郡の吉祥寺の

 

三男として生まれました。

 

12歳で宗第三中学に入学し、この頃既に

 

油絵を描き始めていたと言います。

 

また当時の交流の会った図画教師に、

 

女性像を得意とする岡田三郎助を

 

教えられたのをきっかけに、

 

本郷洋画研究所へ入りました。

 

やがて18歳の時に東京美術学校へ入学し

 

1931年の槐樹杜展で出した『祐天寺風景』が初入選。

 

その2年後の1933年の

 

14回帝国美術院展覧会で出した『朝の路次』も

 

入選となります。

 

その後24歳で東京美術学校を卒業し、

 

1947年の日本美術展覧会において『I夫人像』が特選

 

翌年の日本美術展覧会でも『室内』が特選と、

 

日展でも活躍していきました。

 

1953年には伊藤清永絵画研究所を設立し、

 

1996年、85歳で文化勲章を受章しています。

 

 

 

特徴

 

伊藤清永の作品の特徴は、女性を穏やかかつ

 

ルノワール的なタッチで描いている所にあります。

 

また、伊藤清永の描く女性は目が大きめに

 

描かれていると言われており、彼は生涯に渡って

 

豊かな肉体の裸婦像を描き続けました。

 

なお風景画も多く描いており、風景画としての実績は

 

『祐天寺風景』や『朝の路次』。

 

日本芸術院恩賜賞を受賞した『曙光』など

 

十分に知られています。

 

 

 

作品の背景

 

■ルノワール

 

後期印象派を代表する画家で

 

豊かな内面性を表した世界観を

 

穏やかな光彩と柔らかな色合いで描いています。

 

また伊藤清永同様、裸婦も多く描いていることで

 

知られています。

 

■日本における裸婦画

 

明治の中期時代の日本に、洋画として

 

裸婦像が入ってきた事が、絵画のモチーフとして

 

取り上げられるきっかけであったと言われています。

 

黒田清輝や村山槐多などが率先して描きましたが

 

当時は裸婦像は洋画の模倣、と指摘されていました。

 

そこから画家たちが次第に日本的な風土感を出すことに

 

努めたことで、この主題は広まっていきます。

 

伊藤清永ももちろん、そういった画家たちの1人です。

 

 

 

寺出身としても作品を描いた伊藤清永

 

伊藤清永は他に愛知学院大学の百年記念として

 

『釈尊伝四部作大壁画』を制作しています。

 

寺出身でありながらも画家の道に進んだ伊藤は

 

その感謝を表すために、

 

この作品を制作したのではないかと言われています。

 

制作には7年もの時間がかけられ、

 

1984年の完成時には愛知学院大学講堂や個展などで

 

見られるようになりました。

 

伊藤清永はやはり女性や風景だけではなく、

 

実家を含めた

 

自身のルーツも見つめていた事が伺えます。

 

 

 

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