林十江は、江戸時代の中期から後期に活躍した水戸出身の南画家で、篆刻家としても十江は活躍しました。
十江は水戸の儒学者である立原翁軒によって画才を見出されましたが、江戸に移り画家としての夢が破れて再度水戸に戻り、30代の若さでこの世を去ってしまいました。
十江は、作品の筆遣いが大胆で自由奔放に描かれ、構図も奇抜な特徴があります。
水戸を代表する画家と言えば横山大観ですが、十江は萩谷遷喬、立原杏所と娘の立原春沙と並び水戸の「4画人」の一人です。
十江は、水戸の造り酒屋を営みながら俳人でもあった高野惣兵衛之茂の長男として1778年に水戸で生まれましたが、醤油醸造屋の伊勢屋を営んでいる伯父の林一郎平衛枝繁の養子に出されてしまいます。
十江の画才を最初に見つけたのは、水戸藩主光圀が設立した「大日本史」編纂所の総裁であり、儒学者であった立原翠軒でした。
幼少の頃から画才があった十江は、12歳位なると立原翠軒の塾に遊びに行くようになりました。
十江が翠軒の前で絵を書く度に翁軒は、十江の画才の素晴らしさに驚かれました。当時はまだ10代前半の十江でしたが、翠軒の息子である杏所に絵の指導をしたりして、すでに町人と画家としての2つの顔を持っていました。
1812年に立原翠軒と杏所一家が江戸に移ると、翌年の1813年に十江も江戸に移りましたが、なかなか十江は画才を活かすことができず、日本橋近くで街頭の絵馬描きをしながら生計を立てていました。
その頃、十江の画才は文人画家の谷文晁に認められるようになり、文晁の作品の代筆などをてがけるようになりました。
しかしながら、十江は江戸で画才を生かすことができないまま貧困生活に陥ってしまい水戸に戻り、1813年の9月19日に病気により37歳の若さで亡くなりました。
十江のお墓は、水戸市内元吉田町にある浄土宗清巌寺にあります。墓碑銘は翠軒が選び、息子の杏所が書いたとされています。
林十江の作品の特徴は、伝統やしきたり等を無視して型にはまらず自由奔放で構図が奇抜なところです。
その特徴は、虫獣画や花鳥画などの作品に多く見られ、対象物へのこだわりも感じられます。
また、十江の画号は十江だけでなく、十江狂人、風狂野郎、草巷販夫、金眼鳥、印禅居士、懶惰山老など数多くの号を用いていました。
十江の絵は幼少期からの独学によるものと思われますが、桜井雪館や円山応挙が師であった尾張の画僧の月僊に影響されて、和歌、篆刻や書画などを学んだとも思われます。
十江の代表的な作品の中で、2匹の鰻が上から下に泳いでいる姿が描かれている「双鰻図」の墨絵があります。
この墨絵の構図は、墨絵の中に描かれている2匹の細長いS字型をした鰻が、泥を周りに巻き上げながらぬらぬらと泳ぐ一瞬をとらえています。
その構図はまるで高速レンズのカメラで捉えたような一瞬です。
この作品は、十江が無駄のない筆致で一気にすばやく生き生きと描き上げた絵と伝えられていますが、線に生命力と勢いがあり、墨の濃淡の差によって鰻の皮の表面のぬるぬる感と泳いでいる鰻の様子までが伝わってくるような作品です。
この作品には、十江の題材に対する鋭い観察力と描写の表現力の才能の素晴らしさが表れています。
さらに、この作品には、十江の伝統やしきたりはまらず自由奔放に描く特徴も良く表われています。
林十江の人生を振り返ると立原翁軒との出会いは、十江が画家として歩き出すきっかけとなりました。
当時40歳過ぎの武家である立原翁軒が、町人である十江との交流を通して十江の画才を見出したことは、翁軒の人柄が年齢や身分だけで人を差別しない人物であったことだけでなく、幕末の水戸藩内の大らかさも伺えます。
その水戸藩内で幼少期を過ごした十江の作品にも、翁軒や当時の水戸藩の「良い」影響が表れているのではないでしょうか。
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