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骨董品・美術品というと何のことか分からず、「ガラクタ」と考えて処分しようとしていませんか?その眠っている品物に思わぬ価値がある場合があります。まずはご相談ください。

ロイヤルクラウンダービー~RoyalCrownDerby~

ロイヤルクラウンダービー ~Royal Crown Derby~とは

 

ロイヤルクラウンダービーは

 

イギリスの磁器メーカーです。

 

チャールズ皇太子ご成婚の際には

 

引き出物にも使われた、

 

現在でも人気のあるブランドです。

 

 

1750年頃、

 

移民であったアンドリュー・プランシェが

 

磁器で立像や花瓶を造り始めたのが前身でした。

 

その後、絵付け師をしていた

 

ウィリアム・ドゥーズベリと

 

銀行家ジョン・ヒースと共同で

 

ダービー社を立ち上げると

 

運営はウィリアム・ドゥーズベリが

 

担っていきます。

 

彼はガラス質などを使った

 

新しい練り土を開発し

 

高品質な食器の制作に成功しました。

 

当時有名な窯を傘下に納めるなどして

 

瞬く間にダービーの名を広めていきます。

 

 

才能ある造形師や絵付け師を集め、

 

食器セットや立像、人物画、

 

静物画、風景画など

 

多くのデザインのある作品を制作し

 

1775には国王ジョージ三世より

 

クラウンの栄誉を授かりました。

 

 

1815年には

 

日本の伊万里焼からインスピレーションを得た

 

「オールドイマリ」が誕生し

 

以降ロイヤルクラウンダービーは

 

銀食器にモチーフを得た装飾技法や

 

ペルシャ・インド芸術に影響された

 

豪華な色使いを

 

伝統的なダービー様式と融合させ

 

作品を生み出していきます。

 

 

1890年になるとその功績が称えられ

 

ヴィクトリア女王よりロイヤルの名を授かり、

 

「女王陛下御用達の磁器製造業者」

 

として指名されたことで、社名を

 

「ロイヤルクラウンダービー磁器会社」

 

に改めました。

 

その後もロイヤルクラウンダービー社は

 

王室からの受注を始め

 

世界中で人気を得ています。

 

 

代表作

 

ペーパーウェイト

 

1981年に発売が開始されました。

 

当時ガラス製品ばかりだったペーパーウェイトを

 

陶磁器で作ったものです。

 

創業当初からのフィギュア制作の技術を活かし

 

様々な動物を中心に制作されています。

 

 

 

ロイヤルクラウンダービー ペーパーウェイト

 

 

オールドイマリ

 

19世紀に誕生したデザインで

 

現在でも生産されているシリーズの中で

 

最も古い

 

「ダービー・ジャパン」の一種です。

 

中でもこのオールドイマリの最初の記録は

 

1882年になるそうです。

 

白地に金・黒・赤の豪奢なデザインがされた、

 

当時ヨーロッパ貴族の間で憧れであった

 

日本の伊万里風のデザインになっています。

 

 

ロイヤルクラウンダービー オールドイマリ

 

 

ロイヤルアントワネット

 

1959年に発売された作品です。

 

白磁にマリー・アントワネットが好んだ

 

小花やバラ、さらに小さな星に

 

ドット模様と金彩の縁取りが施された

 

可愛らしいデザインです。

 

エリザベス女王が週末に訪れるウィンザー城の

 

朝食用テーブルウェアとして

 

使用されています。

 

 

ロイヤルクラウンダービー ロイヤルアントワネット

 

 

ローゼンタール ~Rothenthal~

ローゼンタール ~Rothenthal~ とは

 

ローゼンタールはドイツの陶磁器メーカーです。

 

時代に沿った芸術性の高い作品が

 

人気を博しています。

 

 

ローゼンタールの始まりは1879年、

 

ドイツの南部

 

バイエルン州にあるエアースロイト城で

 

フィリップ・ローゼンタールが

 

絵付け工房を開きました。

 

当時陶器と言えば

 

マイセン窯が大流行していましたが

 

個性を非常に重視していたフィリップは

 

マイセンとは雰囲気を隔した

 

斬新で他には無いデザインを

 

生み出していきました。

 

 

独自のデザインが人気を得ると

 

1891年には良質な陶土を求めて

 

ドイツの磁器生産の中心地である

 

ゼルプに工場を設立し

 

ドイツを代表する磁器メーカーへと

 

成長しました。

 

洋食器の他にも

 

ヨーロピアンタイルやフィギュリンなどと共に

 

様々なテーブルウェアを制作し続け

 

1960年からは世界中の芸術家のデザインを

 

取り入れていきます。

 

芸術性だけでなく実用性もテーマにした作品は

 

世界中から評価されていきました。

 

 

20世紀後半には

 

ウォーターフォード社の傘下になり

 

一時破産状態となりましたが

 

現在ではモダンデザインの

 

「ローゼンタールスタジオライン」や

 

ヨーロピアンクラシックデザインの

 

「ローゼンタールクラシック」など

 

スタイル別にブランドを展開し

 

作品を生み出しています。

 

 

代表作・人気作

 

魔笛(ローゼンタールスタジオライン)

 

1968年に誕生した、

 

デンマーク出身の

 

ビョルン・ヴィンブラッドのデザインです。

 

作品の縁にはローゼンタール独特の

 

繊細な技巧のレリーフが金色に彩られており

 

モーツァルトの名作オペラ

 

「魔笛」がモチーフとなっています。

 

 

ローゼンタール 魔笛

 

 

ラブストーリー(ローゼンタールスタジオライン)

 

1996年に誕生したデザインです。

 

赤・青・黄がメインの

 

エネルギッシュな色合いで

 

出会いから世界一周旅行へ旅立つまでの

 

物語が描かれています。

 

 

ローゼンタール ラブストーリー

 

 

サンスーシ(ローゼンタールクラシック)

 

1894年に誕生した作品です。

 

18世紀半ばに

 

ドイツのブランデンブルグ州に建てられ

 

1990年には建物と庭園が

 

ユネスコ世界遺産となった

 

サンスーシ宮殿が由来となっています。

 

白磁にレリーフと上品なピンクのバラが描かれ

 

縁を金で彩った「モスローズニュー」、

 

同じく白磁にレリーフ

 

そしてバラと共に可愛らしい花々が描かれ,

 

縁には金で繊細な模様が描かれた

 

「ディプロマ」の2つがあります。

 

 

ローゼンタール サンスーシ

 

 

サンスーシブルー(ローゼンタールクラシック)

 

こちらもサンスーシと共に

 

1894年に誕生した、

 

ローゼンタールの最も古いデザインです。

 

上記で紹介したサンスーシと異なり

 

青がメインとなったデザインで、

 

白磁に鳥や蝶など

 

動植物が描かれた爽やかな作品です。

 

 

マッピン&ウェッブ ~Mappin and Webb~

マッピン&ウェッブ~Mappin and Webb~ とは

 

マッピン&ウェッブは

 

イギリスの老舗シルバー工房です。

 

1775年に

 

ジョナサン・マッピンによって創業しました。

 

 

当時18歳だったジョナサン・マッピンは

 

小さなカトラリー工房を開きました。

 

場所はイギリス中部のシェフィールド、

 

産業革命以降工業の中心都市として

 

栄えていた場所です。

 

工房は息子によって受け継がれた後

 

1846年からはその4人の息子たちにより

 

社名を「マッピンブラザーズ」と改め、

 

事業を拡大していきます。

 

会社は順調に発展していき

 

1850年代までには

 

ロンドンにショールームをオープンし

 

長男フレデリックは

 

王室よりナイトの称号を与えられました。

 

 

しかし1860年になると

 

4兄弟の内の末っ子ジョン・マッピンが独立し

 

1862年義兄弟のジョージ・ウェッブと共に

 

現在に続く「マッピン&ウェッブ」を創業します。

 

最初の内は兄弟たちの営む

 

マッピンブラザーズと主張し合っていましたが

 

商才のあったジョンは、店を構えた

 

ロンドンのオックスフォード・ストリートで

 

様々なシルバー製品を販売しました。

 

新たなデザインの商品や洗面用具、燭台

 

さらにジュエリーなどはすぐに人気を集め

 

1903年には

 

マッピンブラザーズを買収するまでとなります。

 

この頃にはマッピン&ウェッブは

 

国際的な市場にも進出を始め

 

ヨーロッパのみならず

 

アジアでも店舗を展開していきました。

 

 

フランスの女王マリー=アントワネットを始め

 

ウィストン・チャーチルや

 

チャールズ・ディケンズなどの

 

著名人たちにも愛されたマッピン&ウェッブは

 

1897年にはヴィクトリア女王より

 

英国王室御用達の名を与えられました。

 

現在日本では

 

なかなか手に入りにくくなったものの

 

アンティークの銀製品としての人気は

 

非常に高く

 

世界的にも人気があります。

 

 

マッピンアンドウェッブ1

 

マッピンアンドウェッブ2

 

 

ミントン ~Minton~

ミントン ~Minton~ とは

 

ミントンはイギリスの陶磁器メーカーです。

 

1793年に創業されましたが

 

2015年、

 

親会社であるロイヤルドルトンに買収され

 

残念ながらミントンは廃止されたため

 

ミントンの作品は

 

かなり手に入りにくくなっています。

 

 

創業者のトーマス・ミントンは

 

イギリスで有名な陶磁器の町である

 

ストーク=オン=トレントに移り住むと

 

「ミントン」を設立し

 

その3年後に窯を開きました。

 

 

1796年になると

 

ジョセフ・ポールソンとの共同経営で

 

ボーンチャイナの制作を始め

 

銅版彫刻師でもあったトーマスとジョセフの

 

ボーンチャイナによる作品は、

 

芸術性の高いものが多く

 

その作品は「世界一美しいボーンチャイナ」と

 

ヴィクトリア女王にも称賛されます。

 

急成長していったミントンですが

 

さらに会社を飛躍させたのは

 

トーマスの息子である

 

2代目ハーバート・ミントンです。

 

 

それまでミントン社の作品は

 

陶器やボーンチャイナに装飾を施し

 

実用性を重んじたものがほとんどでしたが

 

ハーバートは会社の発展を優先し

 

多くの熟練職人や芸術家を集めます。

 

そして

 

装飾にこだわった焼き付けタイルの生産や

 

新しい技術の導入

 

またそれまで定番だった型に

 

豪華な模様を施すなどして

 

企業としての経営面、

 

そして芸術性を確立していきました。

 

1840年頃には

 

世界中の施設や教会から注文を受けるほどとなり

 

ミントン社の耐久性と装飾性に優れたタイルは

 

宮殿や、アメリカ合衆国議会議事堂などにも

 

使われました。

 

 

その後も白磁の像や

 

パテ・シュール・パテというという

 

浮彫の技術をもつ芸術家をスカウトし、

 

浮彫模様のある陶器を制作するなどして

 

ミントンの名前は広まっていきます。

 

パテ・シュール・パテを使った陶板画は

 

ヴィクトリア女王からも受注を受け

 

1856年には

 

ミントンはイギリス王室御用達となります。

 

その後3代目のコリンにも受け継がれますが

 

世界大戦の影響や

 

1950年代の産業合理化の波を受け

 

ミントンはロイヤルドルトン社と合併し

 

1980年代には

 

少数の形状の製品しか

 

制作しなくなっていきました。

 

 

代表作

 

ハドンホール

 

イングランドの古城ハドンホールの

 

タペストリーからインスピレーションを得て

 

1948年に制作されました。

 

白磁にパッションフラワーや

 

カーネーションなどの

 

花々が描かれたデザインで

 

全部で12色もの色を使っている

 

華やかな作品です。

 

ベーシックなデザインに加え

 

格子模様をあしらったハドンホールトレリスや

 

ブルーベースのハドンホールブルーなど

 

模様や色合いに

 

様々なパターンがあるものもあります。

 

 

 

ミントン ハドンホール

 

 

ヴィクトリアストロベリー

 

白磁に優しい色合いの

 

野イチゴが描かれたデザインで

 

これはヴィクトリア女王がスケッチした物が

 

モチーフだと言われています。

 

こちらも白磁に絵付けされたものの他に

 

金彩を施したもの等

 

いくつかのパターンがあります。

 

 

ミントン ヴィクトリアストロベリー 金

 

ミントン ヴィクトリアストロベリー

 

 

ムラーノガラス ~ヴェネツィアングラス~

ムラーノガラスとは

 

ムラーノガラスはイタリアのヴェネツィア、

 

ムラーノ島の工房で作られたガラス工芸品で

 

いわゆるヴェネツィアングラスといわれているものです。

 

日本の九谷焼や有田焼の様に

 

土地の名前が入った工芸品です。

 

 

ムラーノガラス1

 

 

ヴェネツィアで作られたグラスの始まりは

 

7.8世紀頃とも、10世紀頃とも言われ

 

明確には分かっていないようですが

 

ムラーノガラスが作られているムラーノ島に

 

工房が集まったのは13世紀のことです。

 

 

当時、東方貿易で東方諸国の産物を

 

ヨーロッパに独自供給していた

 

ヴェネツィア共和国は

 

その中で最も珍重されていたガラス製品を

 

自国で生産して、利益をあげたい

 

と考えました。

 

しかし、ヴェネツィアでは原材料や燃料を

 

産出することが出来ない為、

 

原材料の仕入れ先である他国に

 

ガラス制作の技法が漏れ

 

コピーや類似品が出回ることを恐れます。

 

そこでヴェネツィア共和国は

 

最も進んだ技術を持っていた

 

アンティオキアと協定を結び、

 

1291

 

「ガラス製造業者および工人・助手、

 

家族等のすべてをムラーノ島に移住させ

 

島外に脱出する者には死罪を課す」

 

という政策を打ち出しました。

 

大胆な政策ではありますが

 

これには技術流出を防ぐだけでなく、

 

ガラスの溶解炉が火元となる火事の被害を

 

最小限に抑える目的もありました。

 

 

家族や販売者と共に

 

狭い島内に押し込められた職人たちでしたが、

 

互いに切磋琢磨し

 

ローマ帝国やイスラム時代の

 

ガラス技術を取り入れるなど

 

独自の技術が進歩していきます。

 

作品の中にはグラステーブルや鏡、

 

シャンデリアなどの名品もあり

 

その繁栄が最も高まった15.6世紀には

 

ヴェルサイユ宮殿の「鏡の間」を作るために

 

12人の職人が

 

島から連れ出されたといわれています。

 

 

現在では継承者が年々減っており、

 

マエストロと呼ばれる

 

ムラノガラスの上級職人は

 

わずか20数人だそうです。

 

 

ムラーノガラスの特徴

 

世界中で評価されているムラーノガラスですが

 

公式でない模造品が多く出回っています。

 

ムラーノガラスは鉛を含まない

 

ソーダ石灰を使用する事が特徴で

 

数種の鉱物を混ぜることで

 

多様な色合いを表現するものですが、

 

装飾性も非常に高く

 

吹きガラスという基本的な技法から

 

空中で吹くことにより極薄に吹き上げる技法、

 

さらにグラスを細く引き伸ばして

 

竜や花などをモチーフにした

 

複雑な装飾を施すなど

 

「軽業師の妙技」と呼ばれる

 

高度なテクニックが用いられています。

 

 

ムラーノガラス2

 

 

こういった作品が

 

確実にムラーノ島で作られたことが分かる方法としては

 

ヴェネツィアングラスのイメージ・伝統を守り

 

購入者にも本物であることを保証するための

 

職人組合プロモヴェトロ協会による

 

登録商標ラベルが付いていることを

 

確認すると良いでしょう。

 

ムラーノ島で、

 

1000年にわたって受け継がれてきた

 

伝統的な製法だけを用い、

 

マエストロの手によって作られた作品であることを証明する

 

唯一の公的証明書です。

 

 

ムラーノガラス3

 

 

深川製磁

深川製磁とは

 

深川製磁は日本の陶磁器メーカーです。

 

1894年に、有田焼で有名な

 

佐賀県有田町で創業しました。

 

創業者は、同じく陶磁器メーカー

 

『香蘭社』の創業者

 

深川栄左衛門の次男である深川忠次です。

 

深川製磁のロゴは

 

世界の工芸磁器の極みを目指した、

 

富士山に流水のマークとなっています。

 

 

1894年に忠次が会社を設立した頃は

 

まだ個人経営でしたが

 

彼は日本の有田焼を世界に広めるべく

 

1900年には当時

 

史上最大の規模で行ったといわれる

 

パリ万博博覧会に出品し

 

メダーユドールといわれる

 

最高名誉の金賞を受賞しました。

 

これをきっかけに、深川製磁は同年

 

イギリスのワット商会に直接輸入を始めます。

 

その後もワット商会を代理店として

 

ロンドン、パリ、ブリュッセル、

 

ミラノ等を始めとして

 

次々と副代理店を展開し

 

欧州貿易をスタートし、

 

「深川製磁」の名は世界に広まっていきました。

 

 

1910年には皇室に食器類を納品し

 

宮内省御用達の名を授かり

 

翌年1911年、

 

深川製磁は現在に続く株式会社となります。

 

 

忠次の

 

「精巧さのない磁器は決して工藝と呼ばない」

 

という信念の下

 

深川製磁は各工程に熟練した職人を集結させ

 

1916年には日本海軍指定工場となり

 

洋食器の納入を始め、

 

1951年にはアメリカ海軍から

 

それまでの洋食器に加え

 

ディナーセットの発注を受けるまでとなりました。

 

世界に目を向けた深川製磁の作品は

 

欧州と日本の気風を織り交ぜたデザインで

 

「深川様式」を確立し

 

現在でも国内外で大きな評価を得ています。

 

 

深川製磁1 

 

 

代表作・人気作

 

染錦金襴手丸紋鳳凰文様

 

深川製磁の名を世界に広めることとなった、

 

1900年のパリ万国博覧会で

 

金賞を受賞した作品です。

 

1350度もの高温で焼成された大花瓶で

 

通常はその制作過程で

 

へたりや破損が生じますが、それが一切なく

 

底の方に向かってすぼまった形状は

 

深川製磁の技術の高さが伺えます。

 

豪華な金地に描いた窓に

 

多くの文様を盛り込んだデザインは、忠次が

 

欧州で東洋の文様への理解が深まるようにと

 

ひとつひとつのデザインを整理し

 

美しさを強調できるよう

 

考え出したものだそうです。

 

nero

 

neroとはイタリア語で黒を意味します。

 

磁器ならではの伝統色と

 

日本の形にこだわった作品です。

 

漆を塗ったような黒と、

 

朱赤のような明るい赤、

 

そして透き通るような白の

 

3色となっています。

 

その色彩と形の美しさから、発表以来毎年

 

世界最大のデザインの祭典「ミラノサローネ」で

 

新作家具とコラボレーションしています。

 

富士山

 

創設者深川忠次が完成させたといわれる、

 

富士山がデザインされた作品です。

 

パリ万博終了後に

 

ぼかしを施した染付技法に挑戦した忠次は

 

自ら明治の天才陶工に師事し

 

職人たちに技法を伝授しました。

 

そこで確立された

 

ふりかけ技法を駆使して制作された

 

青く描かれた富士山が美しい作品です。

 

 

深川製磁2

 

 

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