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吉原治良【画家】

1905年に生まれ、10代の頃に目にした

 

ゴッホやセザンヌの作品に強い影響を受け

 

絵画の道に没頭していきました。

 

他人の模倣を厳禁とし、自身の個性を

 

日々表現することを信念とした吉原の作品は

 

鮮やかな色遣いにシュルレアリスム的な

 

独特な雰囲気のあるものや

 

50代後半からは特に『円』をモチーフとしたものなど

 

様々なジャンルの作品が見られます。

 

 

 

ここではそんな吉原治良についてご紹介していきます。

 

吉原治良(よしはらじろう)

 

 

大阪で植物油問屋の家に生まれた吉原は

 

中学の頃から油彩画を始めました。

 

やがて印象派の画家たちの作品に感銘を受け

 

23歳の頃には自身の個展を開くまでの

 

才能を発揮しています。

 

その後吉原はフランスから帰った

 

画家の上山二郎と知り合うと

 

彼の影響を大きく受けながら

 

魚をモチーフとした作品を多く作成し

 

『魚の画家』としてその名を広めていきました。

 

 

そして20代前半の頃には、後の株式会社Jオイルミルズ

 

となる実家の家業の一端を担うようになります。

 

しかし、入社後も制作活動は続き

 

その後訪れた藤田嗣治との出会いは

 

吉原の絵画作品とその精神に大きく影響を与えました。

 

吉原の作品を見た藤田からの

 

吉原の作風にみられた周囲からの影響の大きさと

 

個性の薄さについての強い指摘に

 

吉原は大きな重要性を感じ、以後

 

他人のまねをしない、独自の作品を

 

生涯追及していくようになったのです。

 

 

 

この頃から吉原は徐々に抽象画をよく描くようになり

 

戦後は吉原製油の社長を務めながら

 

制作活動もこなしました。

 

50歳頃には関西の前衛作家たちと

 

『具体美術協会』を設立し、

 

自身の制作活動でも念頭としている

 

「人の模倣をせず自分独特の作風を確立すること」

 

を信念にした後進への指導や、屋外での表現活動

 

パフォーマンスなどを繰り返していきます。

 

こうして海外で活躍する美術家との交流や

 

1970年の大阪万博の際には

 

万博美術展へ出品も果たすなど

 

当時の日本の前衛美術に大きな影響を与えました。

 

ちなみに、具体美術協会は1972年に

 

吉原が亡くなって間もなく解散されています。

 

 

 

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