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大正三四年従軍記章・・・戦前の日本の勲章

大正三四年従軍記章(大正三年乃至九年戦役従軍記章)とは

この従軍記章は、大正三四年戦役(日独戦争)記念として、大正4年11月6日「大正三四年戦役従軍記章令」(勅令第203号)により制定されました。勅令203号では「戦役」という文言が入っているが、実際に授与される段では削除されています。大正9年3月10日、「大正三、四年従軍記章令」が改正(勅令第406号)されて、「大正三年乃至九年戦役従軍記章令」に改められ、これ以降は「大正三年乃至九年戦役従軍記章」が授与されるようになりました。
この従軍記章は銅製で、菊花御紋章の下に陸軍の軍旗と海軍の軍艦旗、左右に桐花枝が配されています。裏側には、「大正三四年戦役」の文字が浮き彫りにされ、飾版に「従軍記章」と表記されています。

 

大正三年九年従軍

瑞宝章・・・戦前の日本の勲章

瑞宝章とは

瑞宝章とは、「勲章増設の詔」(明治21年1月4日)により大勲位菊花章頸飾並びに勲一等旭日桐花大綬章、及び女性を授与対象とした宝冠章(5等級後に8等級)と共に増設された勲章です。 同日の「各種勲章等級ノ製式及ヒ大勲位菊花章頸飾ノ製式」により勲一等から勲八等までの8等級が制定され、「各種勲章及大勲位菊花章頸飾図様」によってその意匠等が定められました。それ以前は男性を授与対象とした大勲位菊花大綬章及び旭日章(8等級)のみで、制定当時は瑞宝章も男性のみが授与対象とされていましたが、「婦人ノ勲労アル者ニ瑞宝章ヲ賜フノ件」によって女性にも等しく授与されるようになりました。

 

デザインは、宝鏡を中心に大小16個の連珠を配して、四条ないし八条の光線を付すものです。紐(ちゅう、正章と綬をつなぐ部分)には桐の花葉を用いています。綬(リボン)は、織地藍色、双線橙黄色。瑞宝重光章、瑞宝中綬章、瑞宝小綬章、瑞宝双光章、瑞宝単光章の順にあり、瑞宝大綬章は瑞宝章の最高位です。
受章者には、中央省庁の事務次官、検事総長、特命全権大使、会計検査院長、主要大学の学長などを経験した者が多く選ばれています。 戦後も授与されている勲章で、授与基準は、「その者の果たした職務の複雑度、困難度、責任の程度等」について評価を行い、特に重要と認められる職務を果たし、成績を挙げた者に対しては瑞宝重光章以上を授与すると定めてられています。

 

勲二等瑞宝章

(写真)勲二等瑞宝章

国勢調査記念章・・・戦前の日本の勲章

国勢調査記念章とは

大正10年6月17日制定された記念章です。 第1回国勢調査は明治38年(1905年)に行われることになっていましたが、日露戦争《明治37年(1904年)~明治38年(1905年)》があったため実施は見送られました。さらにその10年後の大正4年(1915年)にも行われる予定でしたが、その前年から日本も参戦した第1次世界大戦があり、その影響で実施が見送られました。

 

この「国勢調査記念章」は、第一回国勢調査を記念して設けられたもので、第一回国勢調査に直接関与した者、または国勢調査に伴う要務に関与した者に授与されました。
章は青銅製。表面には菊花型の輪廓の内側に戸籍の巻物を手にした大化年間の国司の立像が、裏面には「国勢調査記念章」「大正九年十月一日」の文字がそれぞれ刻印されています。また第一回国勢調査は、国を挙げての大事業であったことから、各地で記念品が制作され、調査員を拝命された者に鉄瓶を授与したほか、記念葉書、記念切手など多くの記念品も発行されました。

 

国勢調査記念章

旭日章・・・戦前の日本の勲章

旭日章とは

旭日章は、1875年(明治8年)4月10日に、日本で最初の勲章として勲一等から勲八等までの8等級が制定されました。 翌1876年(明治9年)には旭日章の上位に大勲位菊花大綬章が新設され、1888年(明治21年)にはさらにその上位に大勲位菊花章頸飾が置かれました。 また、同じ1888年(明治21年)には、勲一等旭日大綬章の上位に勲一等旭日桐花大綬章が追加制定され、旭日章は9等級で運用されています。

 

デザインは、八方向へ伸びる旭光を持つ日章。古来からの日本の紋章に用いられてきた旭日の紋をモチーフにしています。地金は銀で、勲五等(双光章)までは全体もしくは一部に金鍍金が施されています。紐(章と綬の間にある金具)は、日本国政府の紋章がモチーフで、皇室の副紋でもある桐の花葉、勲四等(小綬章)以上は五七花弁を持つ桐紋、勲五等(双光章)以下は五三花弁を持つ桐紋の意匠を持っています。外輪の旭光部は白色の七宝が施され盤面とフラットになるよう丁寧な研磨がなされ、中央に配される淡い球状に盛り上がった日章は宝石と勘違いされることもありますが、ここも二酸化セレンを用いた赤色のガラスです(極初期の物のみ七宝)。綬は織地白色、双線紅色と定められており、白の織り地を赤の帯が両脇を縁取る綬が用いられています。大綬章は大綬を右肩から左脇に垂れ、中綬章は中綬をもって喉元に、小綬章以下は小綬をもって左胸に佩用します。重光章(勲二等)の正章のみ右胸への佩用となります。
全ての旭日章は裏面に「勲功旌章」の刻印が施されています。

 

勲五等双光旭日章

画像は「勲五等双光旭日章」

満州国の勲章について

満州国 勲四位景雲章

画像は「勲四位景雲章」

 

満州国の勲章について

満州国の勲位と勲章は、1934年(康徳元年)4月19日勅令により「勲位及勲章に関する件」で定められています。 勲位は大勲位及び勲一位から勲八位までの9位とされ、勲章は大勲位蘭花章頸飾、大勲位蘭花大綬章、龍光大綬章、景雲章とされました。1936年(康徳3年)勅令142号により勲章に柱国章が加わりました。製作は日本の造幣局が行い、皇帝溥儀の意見もデザインに採り入れられたといわれています。

文虎勲章

中華民国(日本では、大正2年7月13日から「支那共和国」と呼んでいた。承認は10月6日。)のいわゆる北洋軍閥政府(袁世凱大統領)が発行した文虎勲章。文虎勲章は、中国側だけではなく、日本の軍人や文官にも授与されました。
材質は銀製で、裏側は金鍍金されています。左側にあるのは略綬で、安全ピンで佩用するようになっています。着色部分はいずれも七宝で、外周の光線は中華民国の五色旗を表しています。その内側の光線は金銀交互になっており四等から六等共通の様式です。星章は1個が六等、2個が五等、3個が四等を表わします。中央部の虎も七宝で草原に座している意匠となっています。

景雲章

景雲章は勲一位から勲八位まであり、日本の旭日章に相当する勲章です。

柱国章

勲一位柱国章から勲八位柱国章があります。

朝鮮の勲章について

金尺章
画像は「金尺大綬章」

朝鮮(李王家)の勲章の種類について
金尺大綬章

名称は太祖高皇帝(李成桂)の故事によります。 単一級で大勲位金尺大綬章といいます。 朝鮮の勲章の最上位に位置し、皇室が佩用するほか、皇親及び文武官で瑞星大勲章を佩用する者が特別の勲労がある場合に特旨をもって授与されています。
受章者;伊藤博文、李昇応、博恭王、閔泳煥、趙秉世、李堈(義親王)、長谷川好道、有栖川宮威仁親王、桂太郎、東郷平八郎、山縣有朋、西園寺公望、竹田宮恒久王、李載冕、尹沢栄、李載完、閔丙奭、李完用、李載覚、李埈鎔など。

紫鷹章

名称は太祖高皇帝の故事によります。 全8等級で、功一等紫鷹章から功八等紫鷹章までがあります。武功抜群の者が功等ごとの基準に従って授与されています。

瑞星大綬章

1902年に制定され、大勲位李花大綬章を受章した大韓帝国皇帝の血族や武官、文官などの優れた功績を上げた者に対し皇帝の特旨で授与されます。
形状は正章と副章の二種類で構成。正章は銀製で、正章の中央部には、中に銀白色の星が3個描かれた赤色の円があり、円の周りは木の葉で囲まれており、外側には銀白色の十字とスモモの花が配置。正章に付属している金輪にもスモモの花が配置されています。裏に「瑞星大勲」と記されていることが特徴として挙げられます。

瑞鳳章

女性に授与される勲章です。全6等級で、勲一等瑞鳳章から勲六等瑞鳳章までがあります。内命婦と呼ばれる宮中に仕える女性や、外命婦と呼ばれる官吏の妻・皇帝の女子(公主・翁主)が授与対象となります。 淑徳・勲労が特別な者に対して皇后の命を経た後に勲等ごとの基準に従って授与されます。勲一等瑞鳳章は、皇室が佩用し、内外命婦で勲二等を授与されている者が特別の勲労があるとき特旨をもって授与さています。

太極章

名称は国旗に描かれた太極章にちなみます。 全8等級で、勲一等太極章から勲八等太極章までがあり、文武官が勲等ごとの基準に従って授与されます。 1904年にアメリカ人の医療宣教師であり、外交官だったアレン氏にも授与されました。アレンは1885年に韓国初の近代式医療機関である済衆院を設立し、1887年からは外交官として活動しながら、韓国と米国の間の近代外交で重要な役割を果たした人物です。

八卦章

名称は国旗に描かれた卦によります。全8等級で、勲一等八卦章から勲八等八卦章までがあります。授与基準は太極章と同様とされています。

大勲位李花大綬章

名称は当時の国章である李花章(スモモの花の紋章)に由来します。単一級で勲一等太極章を授与されている文武官で特別の勲労がある者に特旨をもって授与されています。

 

金鵄勲章・・・戦前の日本の勲章

功七級金鵄勲章

(写真)功七級金鵄章

金鵄勲章とは

金鵄勲章は、1890年(明治23年)の紀元節(2月11日)に、明治天皇が発した「金鵄勲章創設ノ詔勅」によって創設され、同日に「金鵄勲章ノ等級製式及佩用式」によってその製式等が定められました。「武功抜群ナル者」を、「功一級」から「功七級」まで7等級の功級に叙した上で、勲章を授与しました。 画像は功七級金鵄勲章です。
デザインは神武天皇が東征のみぎりに金色の霊鵄が弓にとまり、長髄彦の軍勢がそれに目が眩んで降参したという逸話に基づいています。赤色七宝の旭光の上に金色の霊鵄を配し、下に大神宮の盾、矛、剣を配した物です。功級により金鍍金の範囲が異なりますが、ほとんどの等級で意匠は同一のものになっています。裏面の装飾はありません。功一級の副章及び功二級の正章のみ、斜めの旭光部分に黄色七宝が用いられています。
受章対象は軍人軍属のみでかつ相応の戦功がなくては授与されず、大将や皇族軍人といえども相応の武功がなければ授与されなかった貴重な勲章です。

宝冠章・・・戦前の日本の勲章

宝冠章とは

宝冠章は、1888年(明治21年)に勲一等から勲五等までが制定さてました。 その後の1896年(明治29年)に勲六等から勲八等までが追加で制定されました。 以後長らく八等級での運用が行われ、この勲章は授与対象を女性に限定した唯一の勲章で、勲章制度の男女均等を図った栄典制度改訂後の現在でも女性のみに授与されるものとなっています。 画像は勲七等宝冠章・略綬(右)です。
デザインは、古代女帝の宝冠を縦長の楕円、竹枝が両脇を囲みます。大綬章(旧勲一等)から杏葉章(旧勲五等)までの正章は、楕円の内周部と外輪部の縁まわりに天然真珠(パール)を用いています。内側の楕円は青、外側の楕円は赤の七宝で彩色され、縁の楕円四方には桜花が置かれています。地金は純銀で、大綬章(勲一等)から藤花章(勲四等)までは全体に金メッキが施されています。他の勲章もそうですが宝冠章の鈕(章と綬の間にある金具)は勲章の位によってその形状が異なり、古く宮廷に仕えていた女官の装束にあしらわれている紋をそれぞれモチーフにしています。紐の紋様は、最上位の大綬章から「桐花」「牡丹」「白蝶」「藤花」「杏葉」「波光」の順となっていますが、七等と八等は紐がありません。
受章者の最高位は勲二等宝冠章で、奥むめお(元参議院議員)ら女性政治家や、中根千枝(社会人類学者)が受賞。勲四等宝冠章の授与としては知られているのは、芸人の内海桂子ら社会的活躍の著しい女性に贈られています。

 

勲七等宝冠章

(写真)勲七等宝冠章

TOMY(トミカ)のミニカーはお宝!?

TOMY(トミカ)のミニカーはお宝かも!?

ミニカー (和製英語) は、自動車をさまざまな素材、縮尺でモデル化した玩具・模型の総称となっており、 安価なものは子供の玩具として用いられ、高価格帯のものは大人の鑑賞用としても用いられています。素材は亜鉛合金製が最も多い。スチロール樹脂製のプラモデル、金属製キットなどの組み立て式の自動車模型やラジコン、スロットカー等自動走行機能を持ったものを広くミニカーに含める場合もあります。かつては模型店や玩具店で購入する事が一般的でしたが、近年は専門店や家電量販店での発売も増えつつあります。また、観賞用ケースに入った状態や分冊百科として書店などで販売されたり、コンビニエンスストアなどで飲料のおまけとして販売される例も多く、流通経路も多様化しています。

 

ミニカーの代名詞ともいえる「トミカ」は、昭和45年からタカラトミー(旧・トミー)のTOMYブランドより販売されている車玩具です。トミカが発売された当時、国産車のミニカーといえばダイヤペット(米沢玩具→現・アガツマ)やモデルペット(アサヒ玩具)に代表される標準スケールが中心であり、小スケールミニカーは細々と輸入される海外ブランドしか存在しませんでしたが、この状況に目をつけ、国産車の本格的小スケールミニカーとして発売されたのがトミカである。日本初の国産ミニカーとして、その精巧なモデリングと、扉の開閉、タイヤの稼働などプレイバリューの高さから、世界30カ国以上で愛されている大ヒット商品です。これまでに販売されてきた商品ラインナップは数知れず、世界中でコレクターも多く、日本製の黒箱・青箱、レアリティの高い限定品や少数生産品、ホンコントミカなど、絶版・レアなアイテムの中には驚きのプレミア価格で取り引きされていることもあります。また、販売時期やカラーリング(塗装)によっても価値が変わり、奥深いコレクションアイテムです。

 

昭和45年に発売され絶大な人気を博したトミカは、翌昭和46年、予想以上の需要と急速な品番拡大に対応するため、香港へ下請け生産に出されました。これらが「ホンコントミカ」と呼ばれるもので、ホンコントミカには、ホンダNⅢ360・カローラスプリンター1200SL・カペラロータリークーペ・ギャランGTO-MR・セドリック・ダットサントラックの6車種があります。ホンコントミカは、モデルの出来や塗装の品質が国内生産のものと比べ劣っており、トミーが早々に生産を取りやめ、金型を引き取ってしまったためどれも生産数が少なく、大変貴重なものとなりました。うち、カローラスプリンター1200SLやダットサントラックについてはカラーリングを変えたり、金型を改修したりし日本で再生産されましたが、カペラロータリークーペ・ ギャランGTO-MR・セドリックは金型が破棄されてしまい、ホンダNⅢ360は金型が紛失したと言われており、この4台は再生産されることなく、現在に至っています。
ホンコントミカの特徴は、塗装がやや厚ぼったく艶があまりない、特有の1Bというタイプのホイールを履いている、テールランプが着色されている、ハンドルがやたら大きく、箱には「Made In Hong Kong」の記載があります。

懐かしの「ソフビ」の玩具(おもちゃ)

懐かしの「ソフビ」の玩具(おもちゃ)の歴史と概要

日本では、ノベルティグッズやアクションヒーロー、アニメのキャラクターなどソフビ人形が1950年代以降、数多く出回ってきました。
ソフビは、ソフトビニールの略で正式名称は「PVC(ポリ塩化ビニル)」。本来はポリ塩化ビニル一般を指す言葉ですが、「ソフビ」と言った場合はスラッシュ成形という製造方法で加熱し、金型に流し込んで成型された製品のこと。また、おもちゃで「ソフビ」といえば、ソフトビニール人形(ソフビ人形)のことを指します。
ポリ塩化ビニルを用いる以前は、人形の素材にはセルロイドが多く使われていましたが、その可燃性の高さから危険性を指摘され、1955年にアメリカで可燃物質規制法が成立し、日本のメーカーは玩具をアメリカに輸出できなくなりました。その代わりの素材としてポリ塩化ビニルが選ばれ、ソフビ人形が数多く生産されるようになりました。

 

ソフビは主に間着と呼ばれる接合法が用いられ、くびれを設け回転可能な関節を形成します。ソフビは子供用の玩具として開発されたものであるため、子供が多少手荒に扱っても壊れにくく、簡単には外れたり破損したりしない接合法で作られており、丈夫な品質も玩具としての評価が高い要因であり、ソフビの利点であると言えます。
ソフビといえば怪獣ものを指しているケースが多くありますが、ソフビは元来、幼児や女児向けの人形に使われていました。1966年にマルサン商品が販売した「ウルトラQ」や「ウルトラマン」に登場する怪獣のソフビがブームに乗って大ヒットしたことから、以後は怪獣や歴代のウルトラマン・仮面ライダーなどの男児向けのキャラクターも含めて玩具として定番の商品となっています。また、女児向けの着せ替え人形も長年ソフビで作られており、現在ではソフトビニール素材がポピュラーです。

 

怪獣やヒーローのソフビはコレクターに高い人気があり、ゴジラやガメラなどの映画怪獣のほか、ウルトラマンや仮面ライダー、スーパー戦隊などのテレビシリーズの特撮ヒーローものはコレクター向けに高値で取引されています。

 

世界では古い日本アニメが数多く放送されており、日本ではかつての人気はなくなった怪獣や特撮ヒーローなどは海外の視聴者にとって今でも非常に夢中になるもので、そのソフビ人形は人気を博しています。ガチャガチャの商品として出てくる小型のソフビ人形も人気がありますが、海外ではかつてのソフビ人形も人気があります。
ソフビ人形は、世界中で愛好家・コレクターの多いジャンルで、有名なものとしてはマルサン商店のウルトラマンシリーズの怪獣、ブルマァクの怪獣ソフビ、タカトクのソフビ人形、バンダイの怪獣ソフビなどがあります。また、浅草玩具の手踊りソフビ人形、ポピーのジャンボマシンダー、マスダヤ(増田屋)のトーキングソフビ、中嶋製作所のソフビ人形などもコレクターに人気があります。

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