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骨董品
2019/06/14

楽吉左衛門【工芸作家/陶芸】

楽吉左衛門について

 

楽吉左衛門は桃山時代から始まっている

 

千家十職の1つとして、

 

楽焼の名を受け継ぎながら作っています。

 

過去には本阿弥光悦とも親交があり

 

現在に至るまで大変な時期はあったものの、

 

それを乗り越えて十五代目まで続いています。

 

400年以上の歴史の中、伝統を守りながら

 

新しい作風を取り入れ続けています。

 

 

 

桃山時代に発展する陶磁器の思想と

千利休との関わりについて

 

日本の陶磁器の歴史は、縄文時代から遡ります。

 

様々な土器を作ってきましたが

 

西暦401年から朝鮮半島の影響を受け

 

陶磁器が作られるようになりました。

 

それから室町時代まではどちらかと言うと

 

技術のみを独自発展させてきたような感じですが

 

おもてなしで茶を勧める「茶の湯」の

 

日本独自の思想が入っていきます。

 

そして桃山時代になると千利休によって

 

より日本独自の考えを追求したような

 

様々な陶磁器が生まれるようになります。

 

その中で千利休は「侘び茶」と言い、

 

飾り立てのない落ち着いた部屋で

 

茶の湯を飲む思想を体現しました。

 

そしてそれに相応しい樂茶碗を作ることを

 

初代・楽吉左衛門となる長次郎だけが

 

千利休から託されました。

 

ちなみに長次郎の父は

 

中国から渡ってきた陶工とされています。

 

 

 

■楽焼について

 

楽焼は初代・楽吉左衛門が

 

前述の千利休の思想を受けて作られました。

 

ろくろを使わず低温度で焼き上げ

 

シンプル性を追求しています。

 

その中でも特に黒樂茶碗は

 

禅や老荘思想と言う考えが

 

色濃く反映されていると言われています。

 

しかし楽焼は当時としては極めて斬新で

 

多くの人々を驚かせました。

 

「楽焼」は素人が趣味で作ったもの

 

と言う意味でも使われていますが、

 

その斬新性はそのような見方がされていた事も

 

考えられます。

 

 

 

■本阿弥光悦について

 

1558年に京都で生まれています。

 

刀剣鑑定や研磨を家業としますが

 

書家や陶芸家など多方面に渡って活躍しました。

 

また、光悦楽焼や光悦蒔絵を作ったことでも

 

知られています。

 

なお本阿弥光悦は徳川家康にも気に入られており

 

大坂夏の陣の後には家康から

 

洛北の鷹ヶ峰の地を貰うと、そこに移住し

 

芸術村として自ら発展させていきました。

 

 

■日本の思想を現す陶磁器に

深く関わっている楽吉左衛門

 

このように楽吉左衛門は

 

日本の思想を現す陶磁器に

 

深く関わっていると言えます。

 

また、楽吉左衛門の各世代について知ると

 

それぞれの時代で取り入れようとしたことも

 

伺い知れるかもしれません。

 

 

 

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