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駒沢大学駅前店
2021/06/17

東京都世田谷区 書道具の買取|端渓硯|骨董的価値の高い唐硯と和硯

12:12 pm

世田谷区で書道具や香道具の鑑定・買取なら、経験豊富な鑑定士が在籍する『くらや駒沢大学駅前店』にぜひご相談ください。

書道具とは

書道具に使う主な道具は、硯・墨・筆・紙。これらは〈文房四宝〉(ぶんぼうしほう)と呼ばれています。他にも、文鎮・印材・印泥・筆筒・筆掛・硯箱・硯屛・水滴・筆洗・墨床・書道書・拓本などといったものがあり、一口に書道具といってもその種類は様々です。

 

本日は、数ある書道具の中でも価値あるものが多い〈硯〉についてお話ししたいと思います。
硯の材料は天然石。職人が岩から削り取った石を手で彫り硯の形にするので、同じ形の硯はひとつとしてありません。

 

硯は中国製の〈唐碩〉と日本製の〈和硯〉に区別されます。唐碩はとても高価で、墨をすりやすいのが特徴です。

唐硯

〈四大名硯〉と呼ばれる、唐碩の代表的な硯をご紹介していきましょう。

端渓硯(たんけいけん)

産地は中国南部の広東省で、端渓石という石を素材とした硯。発掘当初から最高峰と称された、非常に美しい硯材です。

歙州硯(きゅうじゅうけん)

端渓硯と並ぶ名硯。硯石は中国の歙県で採掘されるのですが、現在は中国政府により少量の採掘のみ許可されています。採掘期間が短く流通量も少なくいため、現存する数は端渓硯の5%程度なのだそう。

洮河緑石碩(とうがりょくせきけん)

中国甘粛省の洮県洮河の深底から発掘された硯石で、幻の硯とされています。川の氾濫によって採掘場所が不明になり、また採掘も短期間だったことから現存しているものはとても貴重です。

澄泥硯(ちょうでいけん)

製造は端渓硯・歙州硯よりも早い、晋から唐の時代に始まりました。澄泥硯の製造方法は謎が多いのですが、硯の中でも評価が高く素晴らしいものだったようです。

 

澄泥硯には、川底などから採れる泥土を固めて焼成した焼成硯説と、蘇州近郊の霊巌山で採石されるカク村石で作られた自然石説があります。

 

当時の技術では高温を出せる窯が作れなかったことから、焼成硯に関しては不可能だとする見解も。製法書には魔術のような根拠のない製造方法が記されており、現在でも解明されていない部分もあるようです。

 

澄泥硯は泥の調合・焼成温度・時間によって色調が変わります。くすんだ黄色で質が一番良いとされる鱔魚黄をはじめ、緑豆砂・蝦頭紅・蟹殻青・玫瑰紫・魚肚白・朱沙と、その種類は7つです。

 

製造に手間がかかり謎も多かった澄泥硯は、清代になると殆ど見られなくなりました。

和硯

日本で作られた和硯は、紋様や色などのバリエーションも少なく地味な印象です。一方で、落ち着きのある綺麗な色や美しい模様が特徴と言えます。

 

和硯の生産地は日本中にありますが、代表格といえる和硯は山口県宇部市の〈赤間硯〉・山梨県南巨摩郡早川町の〈雨畑硯〉・高知県幡多郡三原村の〈土佐硯〉・宮城県石巻市の〈雄勝硯〉でしょう。

 

中でも〈赤間石〉と〈雄勝石〉には百年以上の歴史があり、国の伝統工芸品の指定を受けています。しかし雄勝石は、2011年の東日本大震災によって多大な損害を受け生産が停止に。その結果、入手困難となってしましました。

赤間硯

原石の色は赤茶色で、硯は赤紫をした落ち着きのある色合いが特徴です。材料の石は、赤味のある赤色頁岩という種類になります。

 

材質は硬く緻密で、硯に最適な石質。このため墨を細かく削ることが可能なのです。粘り気が強く細工がしやすいため、高浮かしや透かし彫りの美術彫刻に適しています。

 

赤間硯は、実用的でありながら芸術性のある高級品な硯です。

雨畑硯

原石の色は蒼黒で粘板岩。原石は長い年月を経て生成された白雲母(鋒鋩)という鉱石が結晶したもので、一番良い石は40cm幅の層だけしかないようです。

 

鋒鋩(ほうぼう)は粒子が均一なため、発墨や水持ちが良く硯に適した石質と言えます。石の変形も少ないので寿命が長いのも特徴です。中国硯に勝る良石として、高い評価もされています。

土佐硯

原石の色は青黒く、良質な黒色粘土板岩で特殊な銅紛を含んでいる土佐硯。鋒鋩が細かいため、墨の下りや墨発色も良く潤いがあるのが特徴です。滑らかな肌触りで中国の端渓石に似ていることから、〈土佐端渓〉とも称されています。

 

現在は最高級品として評価されていますが、実は他の硯に比べると知名度はさほど高くないのです。近年再発見されるまでは幻の硯石とされていました。

雄勝硯

原石の色は黒色で、光沢のある硬質粘板岩。原料となる雄勝石は別名〈玄昌石〉とも呼ばれています。雄勝硯の原料として使われるのは、良質の玄昌石だけです。

 

鋒鋩の細かさ・堅さ・柔らかさのバランスが良いことが雄勝硯の特徴と言えるでしょう。圧縮や曲げに強く、化学作用や経年変化などへの耐性が高いため、書道家を中心に人気があります。

 

一時は国産硯のシェアを約90%占めていましたが、昭和になり墨汁が普及したことで硯の需要が減少。現在は高級硯に特化した生産となっています。

日本における書道具の歴史

12:12 pm

日本の書道の歴史は、中国から日本に漢字が伝来したことが始まりです。漢字が日本に初めて伝わったのは、弥生時代頃だと言われています。仏教の普及により書道が急速に発展したのは、飛鳥時代に入ってからのこと。

 

この頃に聖徳太子が著した〈法華義疏〉の中には、最も古い文字が残されているようです。写経が更に盛んになった奈良時代には、書道と共に毛筆・墨の作り方・紙の漉き方なども伝来されました。

 

日本最古の歴史書〈日本書紀〉が編纂されたのもこの時期です。この歴史書では、漢字を使って日本語の音を表す〈万葉仮名〉が使われています。

 

漢字の普及に伴い需要が高まったのが〈筆〉です。奈良時代には全国13か所、平安時代には全国28ヵ所で筆の生産が行われるようになりました。専門の筆師達による高級筆の製作技術も高くなり、これとともに書の技術も高まりを見せることに。

 

平安時代初期には、日本書道の礎を築いた〈三筆〉が登場しました。〈空海〉〈嵯峨天皇〉〈橘逸勢〉の3人です。平安中期になると3人の能書家〈小野道風〉〈藤原佐理〉〈藤原行成〉による〈三蹟〉も誕生しました。

 

これらの人物の活躍で和様と呼ばれる書が完成し、日本独自の文化〈国風文化〉のスタイルが生まれたのです。

中国における書道具の歴史

筆の起源は中国。秦時代の人々は、細い竹の先を糸状にした筆で文書を書いていました。秦の将軍だった蒙恬は戦報を書くためにこれを使っていましたが、使い勝手が悪いと思っていたのだとか。

 

ある時、怪我をした動物の尻尾が血痕を残す様を目にした蒙恬は、色々な動物の毛を用いて筆を作り始めます。改良を重ね、現代の筆と近い形の筆がこの時誕生したのだそうです。

 

中国では、紀元前2世紀頃から紙が作られ始めました。西暦105年後漢時代、蔡倫(さいりん)という宦官によって製紙技術の改良が重ねられ、実用的な紙が普及していったようです。

端渓硯

本ブログの冒頭で少しご紹介した〈端渓硯〉は、中国広東省肇慶市を産地とする端渓石を素材として作られました。端渓硯は発見時から硯の最高峰と言われ、その地位を譲ることはありませんでした。

 

採掘される坑(採石の場所)によって石質が異なる端渓石。ランクの高いものから順に、老坑(ろうこう)・坑仔巌(こうしがん)・麻仔坑(ましこう)・宋坑(そこう)・梅花坑(ばいかこう)・緑石孔(りょくせきこう)といったものがあります。

 

端渓硯の最高峰とされているのが〈老坑〉です。老坑の採掘作業は非常に険しく、多くの人材が必要とされたのだそう。その硯石は年中水に浸かっている場所にあったため、〈老坑水巌〉とも呼ばれています。

 

墨の下りが早く伸びが良い・墨色が良い・筆先が傷まない・溜めた墨が涸れないといった点が、端渓硯ならではの優れた特徴です。粒度が細かく、吸水性・透水性も極めて低いといった優秀な硯の条件が揃っています。

 

最も多いのは淡い紫色をしたもの。その他にも、青・黒(黒端渓)・緑(緑端渓)・赤紫(馬肝色)・深紫(猪肝色)・灰色(灰蒼色)・青みかかった浅紫(天青色)・白(白端渓)・黄色を帯びた色などがあります。

 

端渓石は細かい彫刻にも適しており、様々な意匠の彫刻が施された作品が多いことも特徴として挙げられるでしょう。実用性より、美術性や骨董的価値が高い硯も存在します。

 

老坑は1050年の開坑以来開坑と閉鎖を繰り返し、1917年の少量採石以降は採掘が見られなかったようです。1972年、時の総理であった周恩来がその事情を知り採屈再開を命じました。

 

1980年に新坑が開かれて以降20年近くに渡り過剰採屈がされた結果、老坑と坑仔巌の採堀中止命令が出される事態に。数年の閉鎖期間を経て、2007年には老坑・坑仔巌・麻子坑などを国の貴重な財産と見做し完全封鎖しました。

 

それ以降採堀されることはなく、端渓硯が希少になっている状況です。

価値ある書道具

硯には日本製の〈和碩〉と中国製の〈唐碩〉があります。歴史的価値や骨董的価値のある硯は、高額で取引されることもしばしば。時代・石質・産地なども硯の価値に影響します。

 

本ブログでご紹介した唐硯〈端渓碩〉〈歙州碩〉〈洮河緑石硯〉〈澄泥碩〉と、和硯〈赤間硯〉〈玄昌硯〉〈雨畑硯〉〈雄勝硯〉は、高価買取される定番の書道具です。専用の箱に入っていると、査定がプラスになる場合もあります。

 

硯以外の書道具では、年代が古く骨董品として希少性の高い筆なども高価買取が期待できるでしょう。筆菅に象牙・堆朱・玉菅・高級竹などの貴重な素材が使われているものは、骨董的価値が高いです。

まとめ

書道具には、墨・文鎮・半紙・筆筒などといった付属品にも価値があるものがあります。中国の硯・筆・墨には実用性だけでなく美術性の高いお品物があり、コレクターにとっては垂涎物です。

 

使用済みのものや痛みがあるお品物でも、素材自体に価値がある場合も。処分される前に、ぜひ『くらや駒沢大学駅前店』へご相談ください。

 

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査定・相談・出張買取には費用はかかりませんのでご安心ください。お客様からのお電話・ご来店を心よりお待ちしております。

 

 

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※出張内容によっては、ご相談させていただく場合もございます。

 

店舗:くらや 駒沢大学駅前店
住所:東京都世田谷区上馬4-4-3
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