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駒沢大学駅前店
2021/08/23

東京都世田谷 鉄瓶の買取|南部鉄器 盛岡 水沢|高額査定が望める作家とは?

7:50 am

はじめに

こんにちは。鉄瓶などの茶道具をはじめ、骨董品の買取を行っている買取専門店『くらや駒沢大学駅前店』です。抹茶道具や煎茶道具など数が多いお品物の買取をご希望されるお客様は、当店の出張買取・宅配買取をご利用ください。

 

茶碗・棗・茶杓・水差しなどは、茶の湯の場で使われる主な道具です。他にも、風炉先屏風・盆・水注薬缶・茶巾などといったものがあり、その種類は多岐に渡ります。

 

数ある茶道具の中から今回スポットを当てるのは〈鉄瓶〉です。鉄瓶は中古市場においても非常に注目度が高く、驚きの高額査定となるお品物も存在します。

 

「遺品整理で見つけた古い鉄瓶、いくらで売れるだろう?」など、価値が分からない鉄瓶の査定もお任せください。

鉄瓶の歴史

鉄瓶は主に鋳鉄で作られています。蓋は胴と同じ鋳鉄製か、あるいは銅で製造されることが多いです。胴には地紋を鋳出するのが一般的ですが、お品物によっては金銀の象眼が施されているものも。

 

現在の鉄瓶の祖型は、注口と弦がついた〈手取釜〉と呼ばれる道具です。13世紀には湯沸かしに取っ手と注ぎ口が付いた道具が存在していましたが、鉄瓶と名付けられ茶の湯で用いられるようになったのは江戸時代後期頃のこと。

 

茶道具として考案された鉄瓶は次第に民具としても普及し、江戸中期から明治初期の草双紙にも描かれています。大量の湯を沸かす際には釜が用いられ、居室で少量の湯を沸かす際には鉄瓶が用いられるようになったのもこの時代です。

 

アルミニウムを原材料とする鍋・釜・薬缶などの製造が盛んになったのは第二次世界大戦後のこと。〈釜鍋景気〉と称される時期が続き、鉄瓶は薬缶に代替されていくようになりました。

南部鉄器

岩手県が誇る伝統工芸品、南部鉄器。奥州市水沢地域と盛岡市は、南部鉄器の二大生産地です。ひと口に南部鉄器といっても、水沢と盛岡では異なる歴史を持っています。

 

ここからは、それぞれの南部鉄器について深掘りしていきましょう。

水沢の南部鉄器

水沢の南部鉄器は、平安時代後期に藤原清衡が近江国(現在の滋賀県)より鋳鉄師を招いたことが始まりだそうです。近隣に広がる北上山地からは質の良い粘土・砂鉄・木炭などが採れ、鋳物業が栄えました。

 

鋳物師たちは〈歩き筋〉と呼ばれ、必要に応じて地域を転々とすることが常でした。藤原氏と共に鋳鉄師も一緒に平泉へ移り、中尊寺をはじめとする寺院などの備品を鋳造していたのだとか。

 

茶道具や美術的要素の高い盛岡の鋳物と違い、水沢の鋳物は鉄鍋・鉄釜などといった日用品が多く作られました。主に民衆向けとして発展していったことが、水沢の南部鉄器の大きな特徴です。

盛岡の南部鉄器

盛岡の鋳物は、慶長時代に盛岡藩主南部氏が盛岡城を築城した頃始まりました。茶道への造詣が深かった藩主が、初代・小泉仁左衛門に茶釜を作らせたことはご存知の方も多いでしょう。

 

良質な原材料に恵まれたことや、藩が保護育成に努め各地より多くの鋳鉄師・釜師を召抱えたことで発展を続け、芸術性の高い洗練された鋳物として広く知られることとなりました。

明治以降の盛岡南部鉄器

戊辰戦争で大きなダメージを受けた南部盛岡藩は、廃藩置県布告の前年に廃藩を願い出て事実上消滅。歴代藩主に召し抱えられていた鋳物師達は、今まで受けていた特権を瞬く間に失うこととなりました。

 

衰退の危機が訪れたかに見えた盛岡鋳物でしたが、その救済に一役買ったのが6代目小泉仁左衛門(清栄)や21代目有坂富右衛門(宣忠)でした。

 

日本各地で開催されていた展覧会や博覧会で、小泉氏と有坂氏は頻繁に出品し高い評価を得ます。これが明治天皇の目に留まり、六大巡幸の2つである1876年(明治9年)と1881年(明治14年)の南部鉄瓶展覧において瞬く間にその名を轟かせることに。

 

その後、8代目小泉仁左衛門(清信)らによって茶の湯釜が作られ、大正天皇の東北視察の際に全国紙で取り上げられたことで南部鉄器の地位は確固たるものとなったのです。

 

大正時代には南部家の援助により南部鋳金研究所が設立され、蝋型での製造技法や新しい着色技法の研究が進められました。銘を入れることが導入されたのもこの時期のことだそうです。

 

戦争が勃発した昭和時代、盛岡南部鉄器も混乱と衰退を余儀なくされます。鉄は軍事産業にまわされ、釜や鉄瓶などの製造は禁止に…。

 

そのような環境下で唯一鉄瓶製造が許可されたのが、16名の盛岡の鋳物師と6名の水沢の鋳物師でした。年間20個以内という規制はあったものの、その技術と伝統が今日に残されているのは彼らの活躍によるものと言っても過言ではありません。

7:50 am

高額査定が望める作家

中古市場において、需要と人気が高いのは有名作家の作品です。盛岡の南部鉄器の礎を築いたとされる鋳物師、有坂家・鈴木家・小泉家・藤田家が手掛けた作品は、特に高価買取が期待できます。

有坂家

有坂家は南部氏が甲斐の国にいた頃から仕えており、4家の中では一番古くから南部藩に召し抱えられていた鋳物師です。初代は京都出身。7代目のときに甲州へ、13代目のときに盛岡へ移住しました。

鈴木家

1625年(寛永2年)鈴木越前守縫殿家綱が南部家御用鋳物師として召し抱えられ、仏具や梵鐘などを鋳造。1646年(正保3年)には盛岡城の時鐘の製造に携わり、この時鐘は今も花巻城において現存されています。

 

13代鈴木盛久(繁吉)は国の無形文化財に認定された人物です。また初の女性当主となる15代鈴木盛久(志衣子)は、現代の南部鉄器の名工のひとりに数えられています。

小泉家

藩主が茶の湯を好んだことから、1659年(万治2年)に召し抱えられ茶釜を製作。祖は京都出身の小泉五郎清行と言われています。

 

小泉家は代々釜師〈仁左衛門〉を継承し、現在は10代目です。3代目仁左衛門は南部鉄瓶の創始者であり、4代目仁左衛門は大砲鋳造の技術を江戸で学びました。

 

仁左衛門釜の特徴としては、使い込むほどお茶の味や色合いが良くなることが挙げられるでしょう。

藤田家

甲斐の国出身で、2代目のときに盛岡へ移住しました。鍋類を主に製造していましたが、その腕前は〈鍋善〉とも呼ばれるほどで、品質の良さには定評があったようです。

 

代表的なものとしては〈磨き鉄瓶〉と称される鉄瓶が挙げられます。黒っぽい色合いが特徴で、藤田家の特許のような作品です。7代目萬蔵孝保は、磨き鉄瓶を精力的に制作したことでも知られています。

人間国宝 角谷一圭

角谷一圭(かくたにいっけい)は重要無形文化財〈茶の湯釜〉の保持者です。角谷家は代々宮大工の家計でしたが、明治18年頃に初代・角谷巳之助が鋳物に魅せられたことで鋳物師となりました。

 

きっかけは、明治18年に起こった大洪水でした。被災した鋳物工場の改築のため出向いた際、真っ赤に溶けた鉄を鋳形に流し込んでいる職人の姿に目を奪われ、それを機に鋳物師としての道を歩み始めたのだとか。

 

初代となる角谷一圭の父・角谷巳之助は蝋型鋳造を得意としており、鉄置物や鉄瓶を多く製造しました。1904年に2代目となる角谷一圭が誕生。角谷一圭は父親から湯釜の制作を学び、後に大国藤兵衛・香取秀真に師事して鋳金全般を学んだのだそうです。

 

角谷一圭は小学校5年生の時に学校を中退し、鋳物の修行へと入りました。工芸展に出品した鉄瓶が入賞し、本格的に創作活動に打ち込み始めたのは角谷一圭が21歳の時のことでした。

 

1958年に開催された日本伝統工業展では、高松官総裁賞と朝日新聞社賞を受賞。1976年(昭和51年)に勲四等瑞宝章を受章し、1978年には国の重要無形文化財保持者(茶の湯釜)に認定されました。

 

角谷一圭没後に工房を引き継いだのは、長男角谷征一と次男・角谷勇圭です。兄の征一は大阪府指定無形文化財(茶の湯釜)、弟の勇圭は大阪府指定無形文化財保持者(工芸技術・茶の湯釜)に認定されています。

 

角谷一圭の作品は、飾り立てすぎることなくシンプルな造形が特徴。古典的ながらも地紋や形に品格が漂います。技術の高さがあるからこその作風と言えるでしょう。

 

『くらや駒沢大学駅前店』では、角谷一圭の作品を高価買取しております。共箱や共布などがある場合は更に高評価となりますので、お持ちの方はご一緒に査定へお出しください。

まとめ

今回は鉄瓶について詳しくお話ししましたが、茶道具には鉄瓶のみならずたくさんのお道具があります。査定だけでもお気軽に『くらや駒沢大学駅前店』へお問合せください。

 

使用済みのものや痛みがある作品でも、素材自体に価値がある逸品があります。過去には茶碗・茶釜・扇子などが高額査定となった実績も。

 

「査定してもらいたいけれど、持っていくのが大変…」「他の骨董品も一緒に査定してほしい」などといったご要望も大歓迎です。買取経験の豊富なプロの鑑定士が、お客様の大切なお品物をひとつひとつ丁寧に査定します。

 

査定・相談・出張買取には費用はかかりませんのでご安心ください。お客様からのお電話・ご来店を心よりお待ちしております。

 

 

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※出張内容によっては、ご相談させていただく場合もございます。

 

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