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オメガ(OMEGA)の成り立ちと代表作

オメガの歴史

オメガの出発点となったのが、ルイブランドが1848年に、ラ・ショー=ド=フォンにて懐中時計の組み立てを行った事から始りです。後にルイの息子がLouis Brandt & Filsを立ち上げる事となります。 1879年にルイブランがこの世を去り、その後にセザールブランが経営に参画することとなります。その事から現在地となっているビールに本社を移転することとなりました。

1894年、後のヒットとなるキャリバーのオメガを製作。 ルイ=ポールとセザールが亡くなるとポール=エミーユ・ブランが経営を引き継ぎ、ティソ等とSSIHグループが結成されました。キャリバーは名機と呼ばれ、その機能性にも大きな定評があり、またムーブメントにおいては地板や装飾も含めてオメガによる100%自社開発のムーブメントです。

時計の歴史

1932年のロサンゼルスオリンピックは、企業が全計時を委託される初のオリンピックとなりました。当時は、ヌーシャテル天文台で検定された30個のクロノグラフを用意したと言われている。

1948年に「シーマスター」が発売される。ダイバーズモデルの代表格と言える風格を持ち合わせ、第二次世界大戦中、イギリス軍の依頼を受けたことで製作されたのが「シーマスター」です。ねじ込み式の裏蓋を使用した防水時計のマリーンと名付けられたモデルが原型と言われています。

 

オメガ シーマスター プラネットオーシャン⑦

「シーマスター プラネットオーシャン」

 

1952年にはヘルシンキオリンピックで史上初の電子計測機器である「オメガ・タイム・レコーダー」を開発。クォーツ式で1/100秒を計測できる画期的な発明と言われました。

1960年に「シーマスター・デ・ビル」発表。ドレスウォッチとして発売され、フォーマルウェアにマッチする上品さがあり、実用性も兼ね備えています。 1999年にはコーアクシャル機構が搭載されました。

 

デ・ビル プレステージ コーアクシャル⑦

「デ・ビル プレステージ コーアクシャル」

 

1965年「スピードマスター」がアメリカ航空宇宙局の公式腕時計となり、タフなボディー設計などは勿論、その機能性に溢れた精巧で緻密な作りが認められ世界中で話題となる。 1966年にアメリカ航空宇宙局採用を機に「スピードマスター・プロフェッショナル」となって発売されました。

 

オメガスピードマスタープロ⑦

「スピードマスタープロ」

 

多重の構造などから非常にタフな設計となっており、簡単に壊れることは無いと言われ、無重力状態でガラスが破損し空間に破片が飛び散らぬよう、プラスティック製の防風を採用しています。機械はアルベール・ピゲ設計のヌーベル・レマニア製となっており、最高のメーカーの部品を使っています。

1970年「スピードマスター」が爆発的に人気となる事件が起きました。大々的に計画が建てられ遂行されたアポロ13号計画、月に向かう途中にアクシデントが発生し、酸素タンクが爆発し大事故が発生した。このエピソードは映画『アポロ13号』でも描かれています。この大爆発事故の中、アポロ13号が大気圏に突入する必要に迫られ、そのためには14秒間の逆噴射する時間を正確に測らなければならない事態に陥り、その時にクルーが時間を測るために用いた腕時計がこのオメガの「スピードマスター」でした。

1982年「コンステレーション」を発表。ステンレス素材で完全に統一されている丸型のケースにベルトが特徴です。文字盤の12時の位置にブランドロゴを配備し、インデックスの部分にはダイヤモンドインデックスを採用し高級感も加えています。

1999年に開発された「コーアクシャル」が大きな衝撃を時計業界に走らせた、機械式時計の心臓部である調速機構と脱進機機構という部分。こちらの摩擦を従来に比べて大幅に低減させる事に成功しました。10年間程度はオーバーホール無しでも精度が保てるという機能性を開発しました。

現在のオメガ

スポーツやプロジェクトへ積極的なアピールを行う事で「精度のOMEGA」という認識が広く知らしめています。また歴史と伝統に裏付けされた確かな技術により、トップクラスのブランドであり、まさにコストパフォーマンスの高い高品質腕時計ブランドというに相応しい地位を確立しています。

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